プロローグ ページ2
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××年××月××日
雨がザァザァ降っている。
山の中のぬかるんだ地面なんかお構いなしに、女性は走った。
そのせいで泥があちらこちらに跳ねる。
"アイツら"のものであるこの白い服が汚れていくのを見て、女性は口元を弓状にした。無理矢理着せられているだけのこの服は、洒落っ気とはかなり無縁。そんな服、どんなに汚れようとも構わなかった。
ビービービービー
背後で堂々とそびえ立つ真っ白な建物からは、脱走者を知らせる警報が鳴り響いていた。
女性の腕には012の文字。研究対象として、女性を認識するための番号。そして、彼女の腕にはまだ幼い子供が抱かれていた。その幼女の腕の周りを囲むようについてある小さな鈴がしゃんしゃんと煩く鳴る。
[012がいたぞー!]
[こっちだ!]
[撃ちますか?]
[しかし、万が一012に当たって死んでしまったら…奴が抱いてる研究体も無事じゃ済まないのでは]
[あ?死なねぇ程度なら構わねぇだろ!どうせ奴は化け物だ。撃て!]
背後からの男の声と多くの足音に容赦なく追い詰められ、彼女は内心舌打ちをした。彼女が思っていたよりも追跡の足が早い。
「ーーー最悪なストーカー共ね」
……女性が逃げ出してきた建物。平たく言えば、彼女のような能力を持つ人間の管理を含めた研究を行う政府非公認の極秘機関だった。そこは、攘夷戦争で活躍し滅んでいった志士の細胞を元に培養し、能力者である彼女の卵子と顕微鏡受精をさせるといった試みがなされていた。
彼女の腕の中でスヤスヤと眠っている赤ん坊は、2年前に彼女が初めて産んだ子だった。実験は成功したのだ。自分の腹の中ですくすく育つ赤ん坊、お腹を痛めて産んだその子をその手で抱いてしまった瞬間から、彼女は赤ん坊とこの施設から逃げ出そうと決意していた。2年間、準備してきたのだ。
「ーーっ!」
もう平気だろうか、と乱れる息を整えようと女性は大きな建物の裏側に隠れる。彼女の布一枚のような服は、雨と汗でべっとりと体に着き、水分を含んでいるせいか、とにかく重く走りづらかった。彼女は、自身の腕の中にいる子供が雨に濡れないよう気をつけながら床におろす。彼女の体力は酷く消耗していた。
「ごめんね。貴女は生きて」
そろそろ限界だ。この子と別れる決心をしなければ。
彼女は一度だけ子供の頭を撫でると、意を決して建物の影から飛び出した。
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