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「−−−−爆弾が設置されていると事前に分かっていても、ですか?確実に解除できる知識と技術を持っているとはいえ、人間はミスをする生き物だ。その前に気づき回避するかどうかは別として、その可能性は誰にでも平等にある。貴女の命の保障はありませんよ。」
『でも、誰かが解除しなければ既にゴンドラに乗ってしまった乗客達は?』
「致命傷にはならなくとも多かれ少なかれ被害がでる可能性は高いですね。」
私は口を噤んだ。その大惨事の光景が思いの外鮮明に想像できてしまい、吐き気がした。けれども、この話は一体何の意味を持っているのだろうか。安室さんに弟子入りする際のテスト、みたいなものだろうか。安室さんは長い足を組み直すと、その例え話しを続けた。
「−−−さて、それでは貴女は勇敢にもこのゴンドラに乗り込みました。時間が刻一刻と迫る中で、Aさんはミス無く爆弾の導線を切っていきます。」
『……はい。』
「…ところが、です。突然、液晶画面に犯人からのメッセージが現れました。」
『メッセージ、ですか?』
「はい、その大まかな内容はこうです。」
これよりも巨大な爆弾をとある場所に仕掛けた。爆発した場合、数百はくだらない犠牲者が確実にでてしまうやっかいな場所に。その在りかのヒントを爆発の三秒前に示す、と。
『つまり、ここに仕掛けられた爆弾を解除してしまったら……』
「ヒントを見る機会が失われます。そこで、次に貴女に問うのはこうです。貴女自身の命を取りますか?それとも公共良俗に則り、多数の命を選びますか?」
『………っ。』
夕陽が完全に落ちたのだろう。安室さんの表情が、暗闇に隠れてしまった。その一瞬を垣間見てしまった私は、圧倒される。その鋭くも真っ直ぐな視線に釘付けになってしまった。
「−−−Aさん?」
安室さんの声が聞こえて我に返る。慌てて彼の問いを振り返れば"公共良俗"の言葉に既視感を覚えた。確か、ライヘンバッハの滝でホームズとモリアーティの最後の戦い−−−ホームズが彼に放った言葉が"公共の利益のため僕は喜んで死を受け入れよう"だっただろうか。
『……多数の命を選ぶのが正しいんだと思います。』
「……。」
でも、と言葉を続けた。
『ごめんなさい。私、そんな格好良い事なんて出来ない…自分の命を棄てられない、です。』
私には夢がある。それを叶えるまで死にたくない、と思ってしまった。
『…死ぬのが、怖いです。』
ごめんなさい、と再び呟いた。
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野舞 - リア友がこの作品を見たみたいで、私にいい作品だから見てみてって言われて見てみました!すっごく内容も設定も凄く良かったです! (2020年7月20日 20時) (レス) id: 3982121288 (このIDを非表示/違反報告)
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