41 昔話 ページ43
夏目視点
それから俺達は、酒盛りをした。
先生は、まんじゅうを口いっぱいに含んで食べてい
た。
Aさんはというと、そんな先生の様子を見な
がら、静かに笑っていた。
俺も、まんじゅうをいただいた。
先生が、日本酒を瓶のままゴクゴクと飲む。
「先生!そんなに呑んじゃ駄目だろう!」
「夏目〜、この酒うまいぞ〜。」
先生は、一向に聞いてくれない。
「呑みすぎは身体に毒だ。程々に、先生。」
Aさんも、やんわりと制止した。
まるで、いつもの時間が戻ってきたようだ。
鳥のさえずりは、聞こえない。
風の音すら、聞こえない。
そんな空間なのに、何故かとても安心できた。
Aさんの頰に陽が当たる。
少し、顔に違和感を感じた。
笑っているようなのに、笑っていないように見え
た。
少しだけ、悲しそうに見えた。
「お〜い、A〜。
お前、どんな過去を持ってるんだ〜?
酒の肴に、話を聞かせろ〜。」
べろんべろんに酔った先生が、そんな事を言い出し
た。
「えっ⁉せ、先生、何言ってんだ!」
俺は焦った。
それは多分、聞いてはいけない事だ。
Aさんが静かに口を開く。
「私の話なんて、酒の肴にするにはつまらないよ。
そんなことより…」
「聞かせろ〜〜」
先生がせがむ。
「先生!何言ってんだ!
あっ、先生の言ったことは気にしなくて大丈夫です
から。
本当に、すみません。」
俺は頭を下げた。
あの人の過去は、聞いてはいけない。
そんな気がした。
「はやくしろ〜、酒がなくなるぞ〜。」
「夏目君、そんな気にしなくて大丈夫だよ。
君は気遣いの出来る良い子だ。
……先生、話すと酒が不味くなる。
それでも、良いのか?」
「それでも良い。ほら、はやく話せ〜。」
もしかして、先生は酔っていないのかもしれない。
Aさんの過去を聞こうとして、酔ったふりを
しているのかもしれない。
……きっと、この人も分かっている。
それでも、Aさんは話すつもりだ。
あの人の、あの人自身の過去の話を。
再び、辺りを怖いくらいの静寂が包み込む。
「では、お耳汚し失礼する。
私の身の上話…。
酒の肴にすらならないつまらない話だが、どうか、
最後まで聞いてほしい。」
俺達は、静かに語り出す彼の声に、耳を傾けた。
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作者名:トロみん | 作成日時:2017年4月22日 0時