伸ばした手を (ページ39)

今日:16 hit、昨日:13 hit、合計:218,707 hit

No.39 ページ39

.

『お世話になりました。』

「これからは通院になるけれど、体調管理はしっかりね。免疫も落ちてるから風邪にも注意よ。」

そう言って看護師さんがモコモコのフードを頭に被せてくれた。

あんたの顔を見ると、引っ張って帰りたくなるから退院の時には行かない。ってパパが言っていたと笑い声混じりのママからの電話。

そしてすぐ送られてきたのがこのモコモコのコートだ。

パパが自分じゃ選ばないだろう真っ白なこのコートは何故か長い耳がフードに着いていて、被ればまさしくウサギ。

けれど袖を通せばどんなコートより温かかった。

看護師さんに頭を下げ、必ずタクシーで帰ること！と散々念を押してきた秀明くんの言葉に従い病院の敷地から出ようと動き出した時、誰かに名前を呼ばれた気がして歩みを止めて周りを見渡す。

「A」

しっかりと耳に届いたのはどこか戸惑いがちで弱々しい声だけど聞き覚えがあった。

振り返れば黒のコートにモスグリーンのマフラーをした亮平くんがそこに立っていた。

あの、マフラーは覚えている。
随分前に、スノードームを買ってもらったお礼にとプレゼントしたんだっけ。

あ、電池切れてたから交換しなきゃ。
育てていた花たちはどうしただろうか。

部屋の掃除もしなければ、冷蔵庫の中には何も入ってないから大丈夫か。

そこに亮平くんが居ることから現実逃避するように、私の思考は違う方向へと動き出していた。