side A ページ48
「俺はね、多分翔ちゃんはしっかり勉強して、対策まで完璧にやってからじゃないとテスト受けるのが不安な人だと思うんだ」
松潤が頷くのを見ながら続ける。
「でもニノちゃんはその逆。
全力でやればやるほど、怖くなっていく」
松潤が少し、怪訝そうな顔になるのが分かる。
ここからは、どこまで俺が喋って、どこから言わないでおくか慎重に話さなきゃいけない。
「結構長い話になるんだけどね……」
ニノは、ピアノが上手かった。
そんなざらにいるような上手い、なんてもんじゃなく、6歳の時にピアノを始めて、２年後には全国コンクールで優勝したほどで、
審査員からは数十年に一人の天才 とまで評される、期待の的だったんだ。
俺は、昔からニノのピアノが大好きだった。
軽やかで、楽しげで、こっちが見てるだけでも楽しかった。
だけど、悔しいことに、ニノの弾くピアノの一人目のファンは、俺じゃない。
始めたばかりの頃、何度頼んでも
「だーめ。まーくんには、もっと上手くなるまで聴かせてあげない！」
と言って、１ヶ月くらいは全く聴かせてくれなかったから。(今考えると、１ヶ月での上達の速さが恐ろしいんだけど 笑)
一番最初にニノのピアノの虜になって、応援して励ましてきたは、ニノのお兄さんだった。
優しくて、ニノと似た顔つきだけど可愛さよりも精悍さの勝る、面倒見のいい人。
そして、何より物凄く頭が良くて、東大の医学部だって夢じゃなかった。
天才というよりは秀才で、ニノの家に遊びに行ったときはほぼいつも、片手に参考書を持っていたと思う。
でも俺達が勉強中にイタズラをしたりしても、怒るどころか笑って遊び相手になってくれる、とにかく優しい人だった。
だけど数年前、事件は起こった。
お兄さんが被害に遭って、それが自分のせいだと責任を感じたニノは、自己嫌悪やショック、とにかく精神的なダメージが大きくて、ピアノに触ることも、見ることも出来なくなってしまった。
弾きたい。でも、身体が追い付いてこない。
そんな状況だった。
あの時、ニノは俺に言ったんだ。
『大人は努力は裏切らないとか言うけどさ、今までどれだけ努力してきたって、崩れるのはホントに一瞬だよね。
勉強だってさ、出来ないようになったら一緒じゃん』
そこまではいつも通り淡々と続けていたけど、
その後の消え入りそうな心の叫びは、滅多に見ることが出来ないニノの本心だった。
『もう、嫌だよ。
…………頑張って、失うのなんて。』
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作者名：yellowstorm | 作成日時：2019年7月12日 19時
