掃除婦の観察日記２

優しい嘘つき 中編 ページ24

名古屋から異動する時に聞いた、部長をトップにしたプロジェクトの話は口止めされてた。だから、形になるまでって本社での経験してる間が微妙で。知ってるヤツは一人もいないし、ポロッと喋りそうな気がして。なんか、距離が詰めらんなかった。
「……やべぇな」
同行予定の部長は急用で、一人の訪問になって。しかも俺にとっては初めての場所。人見知りとか、そういうんじゃない。所在地と担当者以外、マジで何も分かんなくて。アポに間に合わないよりかは、と車を呼ぼうとしたら。
「どこまで行くの？」
目の前にいたのは、女の子みたいで。声を聞いてなきゃ、たぶん男だと思わないくらいの。
「あ、ここね。車だと逆に不便だよ。渋滞するの」
所在地を書いたメモを見て、言う。
「僕も、近くで打ち合わせだし一緒に行かない？」
「ありがとうございます、助かります」
「まだ、名前言ってなかったよね。岩橋玄樹です」
「名古屋から異動してきた、平野紫耀です」
部長以外とはほとんど話したことないから、誰が先輩かなんて分かんなくて。思わず敬語だったのが今では笑い話だけど。正直、すげぇありがたくて。
「じゃ、時間ないし。歩きながら話そう」
東京の路線は、土地勘のない俺には複雑だった。玄樹はそれも分かってたみたいで、改札で路線図を受け取って車内で説明してくれた。
「移動時間とか交通費とかは調べられるけど、乗り継ぎのターミナル駅とかって実際行った方が分かるでしょ？場所によっては外出なきゃいけないとか」
「そっか、書き込んだ方が覚えられるかも」
駅へ着くまでに、タメなのも分かって。職場以外なら名前で呼び合うのもアリって話にもなってた。
「あと、地上に出てる時はね」
言いながら、車窓から見えるものを指差して。
「目印になるもの、頭に入れとくの。公共の施設がどこにあるか分かってたら、都内のどの辺りなのかなんとなく見えてくるでしょ？」
説明してくれる横顔が、照れたように笑ってた。
「なぁんてね。岸くんに説明してるうちに覚えた」
「あれ、その人って」
「僕と、同期の神宮寺の教育係。良い人なんだけど結構うっかりさんなの。で、フォローしてるうちに先輩じゃなく、仲間意識で頼むわって言われたの」
だから。この日の、玄樹との関わりがなかったら俺らの、今はないんだ。決して、大げさじゃなく。

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