168 『世界の時間』 ページ19
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不死川の視界に『それ』が映った時、世界の時間が止まった。
世界の時間が止まったのだ。人々の喧噪が聞こえず、今大空に羽ばたこうとしていた雀は空中で制止し、誰も何も動いてない。それは彼も同じだった。動こうとしても、動けなかった。
視界の先で、Aは焦点の合ってない目でへたり込んでいた。そんな彼女に誰かが近づいていて、手が。Aの、手が。
視界が赤黒く塗り潰された。
殺す、と殺意に塗れた声が聞こえた。それが自分の声だとは少し遅くから気づいて、その時にはもう相手の男は彼の蹴りにより吹っ飛んでいた。全く何も思わない──いや。その心臓に今すぐこの刀を突き立てたいと思う。今すぐに自分の手で殺したいと思う。
ふーっ、ふーっと荒い息が聞こえる。それは彼のものか、彼女のものかは分からなかった。そんなことはどうでも良かった。
相手の男が「う、ぅ」と呻き声を上げるが、どうやら動けなさそうである。それを確認して、不死川はAの方を振り向いた。
カタカタと体が震えていて、その口からは情けない呻き声が意味もなく垂れ流されている。白い肌は死人並みに青白い。血色が良いその唇は青紫に染まっていた。
不死川の胸が焼き付いた。燃えるようなそれは、『後悔』とか何とかいう名前だった気もするけれど。それも、どうでもよくて。
「何、何するんだぁ! いき、いきなり蹴ってきやがって」
「……喋んなよテメェ、空気が汚れるだろうが。二酸化炭素を無駄に放出すんな。コイツを見んな。今すぐに交番に行ってこい」
最早「死ね」と言っているも同然のことを言った不死川の瞳に一切の慈悲は無い。彼が『人間』であるのに免じて、今は殺さないでおいてやるという温情をかけてやっているだけだった。尋常でないほどの殺意に、そんなものを浴びたことがなかった男は失禁してしまう。
不死川はAにパサリ、と己の羽織りをかけた。それにしっかりとしがみついて離そうとしない彼女に、胸がどうしようもなく締め付けられた。「ちょっと待っててくれ」と、自分でも聞いたことがないくらいに優しく声を掛ける。
それから彼女の頭をくしゃりと撫でて、触れたら切れそうなほど鋭い眼光で男を睨みつけた。
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白夜の世界(プロフ) - まくすうぇるさん» ですよね。(真顔) (2020年5月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
まくすうぇる(プロフ) - やんでゅぇる (2020年5月8日 21時) (レス) id: db32ad90f1 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - まくすうぇるさん» ありがとう御座いますっ……!!今回の描写とかちょっと人によってはぐろいってなるかもしれないので、いつも注意書きしているのですが嬉しいです。三人称の小説少ないので、万人受けはしないと思っていたのですが……、結構皆反応してくれますね(笑)。 (2020年5月7日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
まくすうぇる(プロフ) - こういう描写書けるのって凄いです。尊敬します。(※嫌みではないです。純粋にそう思ってます) (2020年5月7日 21時) (レス) id: db32ad90f1 (このIDを非表示/違反報告)
ゆりなんぽん - Ecarlateさん» 途中から失礼します!私も順番知りたかったのでありがとうございます! (2020年5月5日 15時) (レス) id: 3ac698d03c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2020年4月26日 17時