【文スト】此の愛しき地獄に祝杯を

英雄ではない ページ37

敦side



大人になったAの顔をきちんと見るのは、此れが初めてかもしれない。




本当は、男の僕が、先に彼女を見付けたかったんだけど、Aに気付いたのは、彼女が昔みたいな純粋な目で、僕の名前を呼んでからだった。




・・・何で此方に来るんだろう、あんな風に善意を一方的に突き返されれば、普通は相手を嫌悪するだろう。




Aの事は、一寸は成長した筈の今の僕にも、未だ判らない侭だ。




何を考えて居るんだろう。傷付く事が怖くないのだろうか。




判らない彼女が、息を荒らげて僕の手を掴む。目を見開いた僕に、Aが叫んだ。




『君が何度この手を振り払っても！』




彼女の手は、昔と違い氷か何かの様に冷たかった。




でも、其の真剣に懇願するような表情は、昔と変わらない。




『私は絶対君の手を掴みに行くから！』




泣きそうに震えた声だった。




・・・そうだ、そうだよな。幾らAでも、怖くない訳ないんだ。




彼女は童話の中の英雄(ヒーロー)ではない。きっと異能も持ってないし、超人的な体力も無い。




唯、ちっぽけな勇気だけを抱えて、臆病を押さえ付けて、あの日の様に僕に手を差し伸べて居た。




七年も掛かってやっと其の事に気がついた僕は、泣くのを堪えて囁いた。




「・・・ごめ、」




『謝らないでよ』




Aは怒った様に笑った。




『私も、謝らないから。君に「何で今更」って云った事も、君の友達になった事も』




・・・嗚呼、何で川から助けた時、気付かなかったんだろう。




彼女、あの時のAと全く変わらないじゃないか。




「ねえA、勝手だろうけど、聞いて欲しい」




Aは上目遣いで此方を見た。子供の時僕より背が高かった彼女の視点は、何時の間にか僕より低くなって居る。




「昔、僕はAの事を幸せにする事なんて出来ないと思ってた」




彼女が何か云おうと口を開いたが、僕は其れを遮った。




「でも、僕は成長して、段々欲が出てきた」




Aは訝しそうに此方を見て居る。僕は続けた。




「其れこそ、今更って罵られても仕様がない勝手な科白だ。でも、」




「矢っ張り僕で、Aを幸せにする事は出来ないかな?」




“君でしか彼女を幸せに出来ないのだよ”




若し、そう云った太宰さんの言葉が本当ならば。




否、嘘だとしても。




僕はもう、後悔なんてしたくない。

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