君がいない、君がいない、君がいない。【文豪ストレイドッグス】【短編集】

遅すぎる想いの表し方【国木田独歩】 ページ6

.



少し、油断していた。違法な薬を売買している組織を捕まえる為に敦君、国木田さん、私の三人で取引現場に突入。そのまま戦闘が開始された。

三手に別れ、其々で応戦した。敵の一人がいきなり仲間を撃ち殺し、その後、私に銃口を向けた。動揺していた所為で体は思うように動かず、致命傷を負った。

地面に倒れ、あとは死を迎えるのみ。私を撃った奴は自ら頭を撃ち、既に死んでいた。武装探偵社所属がこんなことで死ぬとは情けない。自嘲気味に笑う。

心残りはあるだろうか。挨拶くらいしたいものだ。最もそんな贅沢は許されないだろう。唯、敢えて云うなら想い人に好きだと云いたかった。＿＿＿＿彼の人、国木田さんに。

聡明で、誠実で、正しくて、格好良くて、少し不器用な彼に想いくらい伝えたかった。せめて、最期を迎える前に……




.




Aが来ない。終了予定時刻を十五分も過ぎているのに、だ。とうの昔に敦と俺は戦闘は終えた。Aも終わっている筈だろう。

「……様子を見てくる。敦、お前は此処で待っていろ」

厭な予感が胸中で渦巻き、それと比例するように足の動きは速くなった。結局全速力で走り、辺りを探し回った。

何故だ、何故いない。物音や声すら聞こえない。もういないのか？ 否、そんなわけがない。違う、違う。

強烈な血の臭いが鼻孔を刺激した。臭いの元へとゆっくり向かう。違う、違うと頭の中で呪文のように唱え、辺りを見た。

「……A？」

目を見開き、凍りつく。なにも云えずに阿呆のように立ち尽くし、やがて我を忘れたようにAの元へ駆けた。

「おい、A。なにをしている。帰るぞ。まったく、巫山戯けるのもいい加減にしろ」

目の前の現実から逃げるように倒れているAを揺すり、声をかけた。語尾は震え、Aを揺する手も震えていた。

Aの体を抱き上げ、呼び掛ける。返事がない。呼吸すらしていないことに気づかないフリをしていた。

ふと、地面に書かれた不格好な文字が目に入った。血で書かれたなにか。目を凝らす。


「国木田さん、大好きです」


心が裂かれたような痛みが走る。目を背け、唇を噛んだ。

脳裏に焼き付いたAから俺へ宛てた最期の言葉は目を閉じても忘れられなかった。

とある幽霊の苦労話【中原中也】→←届く筈もない手紙を延々と【夢野久作】

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す