彼と奥さんの話 -side.S- ページ29
結婚してまだ何ヶ月かだけど、付き合っている期間が長かったから、一緒に暮らすことに違和感は何もなかった。
仕事から疲れて帰って来ても、部屋はきちんと片付いているし、おいしいご飯が待っている。
玄関には明かりが灯っているし、寒くても家の中は暖かい。
「ただいま」って言えば「お帰り」って笑ってくれる。
結婚っていいな、と単純に思っていた。
アキもそうだろうって、思っていたんだ。
だから、雅紀に呼ばれたクリスマスパーティの帰り道。
いいなあ、ってアキが呟いても、何のことかわからなかった。
「いいなあ？」
「雅紀くんと、A」
「あー、幸せそうだったな」
「うん。お互いを大事に思ってるのが伝わってきた」
「そう、だな」
「初々しくて、ちょっとうらやましかった」
アキはわりと何でもずばすば言うのに、珍しく遠回しに何か言いたそうだった。
「考えた？」
「何を？」
「欲しいもの」
「……」
「今週でもう仕事納めだし、荷造りは残ってるけど、ちょっとはゆっくりできるからさ。
プレゼント、買いに行こう」
アキが、また少し寂しそうに笑う。
「買いに行かなくていいよ。でも…」
「でも？」
「おめでとう、って言ってほしい」
俺としたことが。
プレゼントのことで頭がいっぱいで。
おめでとう、って言ってなかった。
2、3歩先を歩くアキの手をつかんで、抱きしめる。
「おめでとう。ごめん。おめでとう。ごめん。
おめでとう、ごめ…」
「何回言うの」
そう言って笑うアキにキスをする。
手をつないで歩き出したら、アキが嬉しそうに
笑った。
「手をつないで歩くの、久しぶり」
そう言われるとそうだった。
当たり前みたいにつないで歩いていた手を、つながなくなったのはいつからだろう。
俺自身はアキに対する気持ちは何も変わっていないつもりだったけど。
月日が流れて、一緒に過ごす時間が長くなるうちに。
「彼女」から「奥さん」になるうちに。
少しずつ変わってしまったものもあるのかもしれない。
「ちょっとだけ遠回りして帰ろうか」
「もう遅いよ？」
「真夜中のデートも、たまにはいいじゃん」
気持ちは変わらないんだよ。
「ただいま」って言えば「お帰り」って笑ってくれる君を
そんな当たり前の日常を
とてつもなく愛してる、って言うことを
今日は、口に出して言ってみよう。
「彼と奥さんの話」ーおわりー
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2014年12月16日 18時
