15.久しぶり ページ15
村上さんと帰り道にそんな話をしたからか、最初に抱いていた苦手意識みたいなものは薄くなった。
「おはようさん。今日もよろしくな！」
「はい」
「……」
「どうかしましたか？」
「Aの固くない笑った顔、初めて見たかも」
「え？そうですか？」
「うん。俺に対してはいつも固かったからな。
ちょ、もっかい。笑ってや」
え？そんな、改めて言われても困る…
「固っ！なんでやねん、また戻っとるやないか！」
「女優じゃないんだから、急に笑って、って言われても笑えません！」
「お前、不器用やなあ」
不器用？
どっちかというと手先は器用な方ですけど。
美容師だし。
「ま、ええか。今日は忙しいでー」
村上さんの宣言どおり、予約で埋まっている今日はボケとツッコミをかわす暇もないくらい忙しかった。
その日から何日か、仕事で遅くなる日が続いて。
なかなかなか顔を出せなかったけど、今日はわりと早く終わったし「Siesta」に寄って帰ろう、と思った。
細い路地を通ると、なんだか嬉しくて今日も小走りになってしまう。
深緑の扉をぎいっと開けると。
「いらっしゃいませ」
柔らかく響く声。
「あ、Aちゃん！仕事の帰り？お疲れさま」
大好きな人の、笑った顔。
なんだかもうそれだけで満たされた気持ちになって、仕事の疲れもどこかへ行ってしまう。
カウンターにはニノくんもいた。
「お疲れ」
「お疲れさま、今日は一人？」
「うん。花はしばらくコンテストの練習で毎日終電になるから来られないよ」
「そうなんだ、毎日終電とか大変だね」
雅紀くんがカウンターから口をはさむ。
「思い出の終電、だよね」
思い出の？って聞こうとした時、深緑の扉がぎいっと音をたてて開いた。
「いらっしゃ…」
雅紀くんが、驚いたように目をまるくしたから、私とニノくんが入口に目を向けると。
「こんばんは」
そこにいたのは。
濃い眉毛と強い瞳が印象的な編集者の松本さんと。
「わー、久しぶりだなあ。ここ来んの」
嬉しそうに目を細める、小柄で色黒な人。
漫画家のヤマカゼサトシこと、大野さん、だった。
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2014年11月27日 20時
