【d!】春宵【短編集】 (ページ36)

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「戻し忘れるなんてAはおっちょこちょいやな～ちゃんと戻さへんとアカンやん、な？」

　元の場所がわからなかったのか全然違う場所に収めて、彼はにっこり笑った。
その笑顔がいつもと何も変わらなくて怖い。
チーノは私のやろうとした事、本当にわかってるんだろうか。
わかってなくて偶然手を掴んだ、なんて事は無いだろう。

　だって普段私とチーノは手を繋ぐような親しい間柄ではない。

「帰ろか、また来ればええやん」

　強い力で私の手を引っ張り、店の外まで引きずり出す。
それに抵抗せず、店を出てそのままチーノについていく。
この男は一体何を考えているんだろう。
普段は万引きしようとしたクラスメイトを助けるキャラじゃないじゃん。
私とも、友達の友達の友達、ぐらいの薄っぺらい関係でしかないのに。

『ねぇ、いつまで手ぇ繋いでんの』
「アホちゃう？人のいいなりであそこまでするか？」

　チーノがいつまでも手を離してくれないから話し掛けたのに、帰ってきた言葉は先程とは真逆の冷たい声だった。
店内では怖いくらい笑っていたし、学校で女の子と話す時みたいに優しく言葉を吐いていたのに。
前を歩くこの男の表情は見えないが、私を責めるような声は心臓を直接刺してくる。
強く握られた手がだんだん冷たくなる。

「あいつの命令やろ、万引き。お前がこんな事してる時、あいつは大先生とよろしくやっとるんやぞ、馬鹿馬鹿しい」
『ば、かばかしくても……私は』
「なんであんな騒がしいグループに入っとるん？正直浮いとるよ」
『わた、し、なんかと仲良くしてくれるの、あの子たちしか、いないもん』

　泣くつもりは毛頭無いのに、勝手に目頭が熱くなって極限まで目を細めた。
どれだけ不細工な顔になっても、こんな男の前で涙なんか流したくない。

　私には何もなかった。
勉強が出来るわけでも、熱くなれる趣味があるわけでもない。
ただの寂しがりで誰かと一緒に居ないと不安になる、空っぽの人間。
そんな奴と友達になってくれる人なんていなくて、どうしようと思っていた時に声を掛けてくれたのがあの子だった。

『あの子に嫌われたら、私、本当にひとりぼっちだもん』
「……あーあ、不細工」
『うるさい』

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