【d!】春宵【短編集】 (ページ3)

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ぱっと腕が離れたと思ったら彼はキッチンに立ち、ずれ落ちた袖をまくりなおした。
もうすぐやからそこで見とき、と目線で促された椅子に座り彼のケーキ作りを特等席で眺める。

普段から思ってはいたが、彼はとても凝り性だ。
それは慣れないケーキ作りでもそうらしく、綺麗に均した面に生クリームでデコレーションし始めた。
彼の手で絞られた少しまばらな生クリームたちは、ケーキの上でどんどん整列していく。

そのクリームと一緒に並ぶのは、これまた大きな苺。
ワイルドにヘタをむしり取り置いていく様はトントンらしくて少し面白い。
堪えきれず漏れた笑い声を聞き逃さなかった彼は、苺のヘタを毟ってそのまま私の口へ押し込んだ。

　私の為に、大好きな彼が慣れないことをしてくれている。その事実だけでなんだかとてつもなく大きな幸せを感じた。

「で……出来た……」
「おおお！完成！」
「ほら、写真とっとき、最初で最後のトントンお手製ホールケーキや」
「えー、もう作ってくれないの？」

　スマホを出しパシャパシャと撮りながら、淡い期待をぶつけてみた。
確かに時間はかかるしお金も相当かかっているだろう。
ま、仕方ないよね、本当に最初で最後だろうな。

「じゃあ次は、一緒に作るか？」
「……え？」
「次は記念日やし、一緒に作るっていうんなら、また生クリームと戦ってもええよ」

　エプロンを脱ぎ、いつも通りのトントンになっても彼から漂うのは美味しそうな甘い香り。
得意そうな、でも少し照れたような顔で口角を上げる彼。
でもどうしたって格好付かないのは、そんな彼の頭上で立っている愛しい寝ぐせのせい。

「A、誕生日おめでとう。まあ、これからもよろしく」
「ありがとう。末永く、ね」

End.