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「急にどうした」
敬人がアイドルをやっているということを、Aは知っていた。
だが、知っていてあえて聞こうとしなかった。
敬人はAはアイドルにそこまで興味がないのだろうと思っているのだろうが、彼女自身はそういうわけではない。
「気になったから」
さも今まで気にしていませんでした、とでも言いたげに背を向けた。
当たり前のように寝転んだ敬人のベッドは、ほんのりと彼の香りがする。あ、少し汗くさい。……嘘だよ。
なんとなく、聞くのが怖かった。
Aの前ではそっけなくて、でもなんだかんだ面倒見のいい敬人。そんな敬人が漫画以外に夢中になっていることに、踏み込むのを恐れていた。
何かに夢中になる、キラキラした目。
知らない一面を見るのが、今までずっと怖かった。
怖がって、もう何年経っただろう。
今、お互い高校三年生だから、三年?
もう、それってとんでもないエゴだね。
「あぁ、楽しいな」
彼の顔は見えなかった。
だけどその声色が柔らかくて、少し涙腺が緩んだ。
「……よかったね」
震えた。
だめ。
「? 貴様……っな、」
声だけで気づかないでよ。
「おい、どうした。どこか痛むか?」
「ち、違う」
震えた声に、敬人が再び振り返る。目に入ったのは、ぼろぼろと涙をこぼすAの姿だった。
持っていたペンも放り出して、彼女の肩に優しく触れた。抱き寄せられるみたいなそれは初めての感覚で、さらに涙腺を緩めてゆく。とめどなく、溢れてゆく。
「見ないで」
本当は私にもっと夢中になってと叫びたい。
そんなこと言えるはずなくて、もう何年経った?
三年よりもずっと長い、言う隙のない片思いだった。
泣き顔なんて、見られたくなかった。
呆れられつつも笑いあえる夏がよかったのに。
今日で何かが変わる。
何かが、変わってしまう。
「……俺が」
「ぁ、」
「アイドルをしているというのと、何か関係があるのか」
もう、本当にわがままだ。仕方のない女の子だ。
こんな状況なのに、宥めるように抱きしめられたことに喜んでしまっているのだから。
背中を、そっと大きな手が撫でる。
同じ時を生きていたはずなのに、その手は自分のものとは随分違っていた。綺麗なのにちゃんとごつごつと骨ばっていて、爪も幅が広い。
そんな手に撫でられて、嬉しくないわけではない。
それなのに悔しいと思ってしまうこの心は、随分と面倒くさいものだ。
「蓮巳……」
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作成日時:2018年9月13日 0時