三百四十七話 ページ47
どき、っと大きく心臓が音を立てた。自分の名前に彼は振り返る。彼をこうして名前で呼ぶ人は今はひとりしかいない。きっと僕を探してきてくれたのだろうと思った。そこには優しい笑顔を浮かべたAの姿があった。
「こんなところでどうしたの？」
平然を装っているが、彼女は少し汗をかいているようだ。きっと吹雪を探して走り回っていたのだろう。この人はやっぱり嘘偽りなく、僕のことを心配してくれているのかもしれないと思った。Aさん、と縋る様に彼女の名前を呼んでみる。
「僕にはアツヤが必要なんだ」
吹雪が潤んだ瞳をAに向ける。Aは真面目な顔をして、ちょっと座ろうかと吹雪をベンチへ促した。Aは吹雪をベンチに掛けさせると覗き込むようにして彼の話を聞く。吹雪は俯いてぽつりと呟いた。
「一人ぼっちが怖かったんだ」
あの時のことを今でも覚えている。気が付けば真っ暗な闇の中に放りこまれていた。泣きじゃくって身もがいて、次に目が覚めた時は病院だった。でも僕の傍には誰もいなかった、お父さんもお母さんも、アツヤも。
「雪崩は一瞬で僕をひとりぼっちにした。……僕は寂しくて寂しくてどうにかなりそうだった。それで強くならなきゃって思ったんだ」
あの日の記憶は一層覚えている。雪の降る日だった、サッカーの試合の後お父さんの運転する車で家に帰ろうとしていた。お父さんは僕たちふたりが揃えば完璧だと言った。僕たちもそう思った。
「二人が揃えばもっと強くなれる。もっと強くなって完璧になれる」
唱えるように吹雪が言葉を紡ぐ。完璧、という言葉にAが眉を顰めた。吹雪はずっとこの言葉に執着している。イプシロン改との試合の時にも言っていた気がする。そしてこの間の話でも。
「だから僕にはアツヤが必要だった。アイツがいれば弱い自分を変えられると思った。……その時あの声が聞こえてきたんだ」
お父さんもお母さんも、アツヤもいなくなって。僕はサッカーへの意欲も無くしかけていた。でもある日試合でミスをしたとき、頭の中でアツヤの声が響いた。兄ちゃん全然だめだよ。その口調にも声にも聴き覚えがあった。その瞬間、僕の中でアツヤが生まれていた。僕の中でアツヤが生き返った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 51人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぴろ - 共依存気味の二人の関係が大好きです。またいつかやすけさんの書く作品が読めたら嬉しいです。その時は本として手元に残しておきたいです。長くなってしまい申し訳ありません。やすけさんのご健康をお祈り申し上げます。 (2023年3月12日 19時) (
レス) id: 450fb76435 (このIDを非表示/違反報告)
ぴろ - やすけさん初めまして。私は1年ほど前別サイトでこの作品に出会いやすけさんの書く風丸くんにとても惹かれました。当時の感動をお伝えしたいと思いますコメントさせていただきました。穏やかで思考深い主人公が大好きでした。 (2023年3月12日 19時) (レス) id: 450fb76435 (このIDを非表示/違反報告)
Rai - 初めまして今更すみません私はこの作品シリーズ読みましたもし参加可能でしたら来てくれた嬉しいですその他作品OKです「https://uranai.nosv.org/u.php/event/kouooue/」イベントこんな感じです (2020年8月29日 15時) (レス) id: 882913bd82 (このIDを非表示/違反報告)
やすけ(プロフ) - 麻衣蘭さん» 麻衣蘭ちゃん、私こそ前のレス返してなくてごめんよー！ありがとう、そう言って貰えて嬉しいよ！これからも頑張るからどうぞよろしくお願いします！ (2019年8月7日 20時) (レス) id: 605d7b732a (このIDを非表示/違反報告)
麻衣蘭(プロフ) - やっちゃん、全然コメントできなくてごめんー！そして続編おめでとう！コメント出来ないこと多いかもしれないけど、やっちゃんの作品はずっと好きだから！大好き！勿論やっちゃんも好きよ(急に)更新頑張って！これからも応援してる！ (2019年8月4日 16時) (レス) id: 59f2026080 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：やすけ | 作者ホームページ：https://mobile.twitter.com/koikaze_adv
作成日時：2019年6月23日 14時
