【銀魂】シスコンな兄の尻拭い９ 【柳生篇】

到達できぬ高みを見たとき人は涙を流す　四　終 ページ12

Aはその後、強さを見込まれて僕の剣術の指南役に就けられた。
　
　あくまでも本家流派を歪めずに剣術の腕の向上を支援するという形だったが。

　それでも由緒ある柳生陳陰流を誇る父上がそんなことを指示するのは異例だった。

　それ程にまで彼女の剣が良かったのだろう。
　その剣筋を本人は独学と言っていた。

『あの子は最強の侍じゃな』

　おじい様がある日そんなことを口走っていた。
　悔しいけれど否定しようがない。

　優しくて可愛くて、強くて格好良くてどんな男にも女にも負けない人。



　それでも誰よりも気高く、誰よりも優しく、誰よりも美しく、誰よりも凛々しい。

　完璧な侍

　あの人と出会って、僕は劣等感を知った。
　完全なる僕の上位互換。

　最初に湧き上がってきたものは、憧れなんて綺麗なもので片付けていい感情ではなかった。

　嫉妬心、劣等感、嫌悪感。

　僕は、この人を嫌いになって必死に食らいついて
　僕は、この人に近づきたくて必死に足掻いて

　僕は

『呼び方、堅苦しいかな？じゃあ……二人きりの時だけ名前で呼ぼうか。九兵衛っ』

　本気でこの人に、惹かれてしまったんだ。

　出会ってたった二年で。

　認めたくなかった。

　もしかしたら、お妙ちゃんのことを好いていた以上の感情を、Aに抱いてしまったのではないかということを。
　
　でも最初に生まれた嫉妬心や劣等感、嫌悪感の冷たく泥にまみれた苦い思念は

　いつのまにか生暖かく甘く澄んだ感情に変わっていた。

　その強さに打ち砕かれ、そして魅了されてしまったのか。
　剣術でも体術でも遥かに秀でた存在。

『言われなくても分かってしまうな……僕は君には勝てない』



　僕は、君になりたかったんだ。



　僕は君が羨ましくて

 君が疎ましくて



　君が――



『僕は、君より強くなってみせる』



 武者修行の旅に出る前に僕は彼女へ刀の切っ先を向けて言い放った。


『男よりも女よりも、お妙ちゃんよりも、君よりも、強くなってみせる』

　この人より強くなることなんて不可能かもしれない。
　でも、せめてこの人の横に並ぶ自分でありたい。



『その時は、僕の手を取ってくれないか――神崎桜』

　Aの赤い瞳が揺れる。



『九兵衛君……』


　言葉を真摯に受けるその表情は、困惑から平静へと戻った。

『その時は、手加減はしないよ』



　刃を向けられた先の赤い瞳は凛々しく、しっかりと僕を見つめていた。

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