雨傘一本、松陽先生 ページ3
ある日私は、家族を失った。
そして、ある人が新しく家族を結んでくれた。
「ずいぶん、酷い雨ですね」
天人の強盗によって血まみれになった家の前で、雨に打たれる私に傘をさしてくれた人がいた。
「よかったら、私のところに来ませんか」
その人、松陽先生はしゃがんで視線を合わせ、私の頬に手を添えた。
私の両親は、強盗に入った天人によって殺されてしまった。
私はたまたま外に遊びに行っていたから、その天人たちとは鉢合わなかった。
「運が良かったな」
黒い隊服を来た警察さんが、私に困った顔をして頭を撫でてくれた。
本当に心配してくれているけど、その心境は、他人のそれである。
まだ小さかった私は、そんなことに気づいてしまった自分が酷く醜いように感じた。
日が経つごとに事件は沈静化して、それまでたむろしていた野次馬たちはいなくなり、誰も家に興味を持たなくなった。
親が亡くなり、真選組、という大人の人たちが私の住む場所を探してくれているようだった。
ありがたいことなのに、どこか遠くで進んでいる事物のように感じる。
激しめの雨に打たれ、ただ門前で自分の住んでいた家を眺める。これからどうするかと、小さい頭で考えていた。
屋根の下に入って雨粒を避けるのが普通なのに、私の心はその思考を持たなかった。
雨に打たれながら、この家に溶け込みたいと思った。
この、血がところどころに飛び散った家に、溶け込みたいと。
家の敷地の地面に、割られた窓ガラスの破片が散らばっていた。
鋭いガラス片、首を切れるような、そんな危ないもの。
私の心は、屋根より雨より、それに思考を奪われた。
雨の下、ガラス片を取りに行こうとしたその時、後ろから誰かの声がした。
「ずいぶん、酷い雨ですね」
落ち着いた、柔らかい、どこか儚い声。声がすると同時に、影が私を覆い、上から私に降っていた雨粒がなくなった。
後ろを振り返れば、男の人が傘に私を入れてくれていた。
その人は上から私を見つめ、悲しむように眉を寄せる。
その様子から、この人は優しい人だとすぐに分かった。
「よかったら、私のところに来ませんか」
その人、吉田松陽さんは視線を合わせ、私の頬に手を添えた。
その誘いにつられ、私は松陽さんのところで面倒を見てもらう形になった。
松陽さんは、松下村塾という寺子屋で先生をしているらしい。
それを知って以降は、私も彼を松陽先生、と呼ぶようになった。
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刹那*桜(プロフ) - きゃすみさん» 返信遅くなってしまってすみません!!コメントありがとうございます! (5月14日 14時) (レス) id: f89dd253f0 (このIDを非表示/違反報告)
きゃすみ(プロフ) - もう少し行あけると読みやすいです。でもめっちゃ面白かったです!! (2022年10月10日 13時) (レス) @page3 id: e6f2b24efc (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:刹那*桜 | 作成日時:2021年2月13日 8時