第八話 ページ9
昼間独りで部屋に居るのは暇だ。私はその暇を、思い人の意図を探る事で潰そうとしていた。
無意識の内に首元へと手が伸びていた。
そこには、まだ真新しいチェーンのネックレスと、今朝がた附けられた紅い傷が、僅かの痛みと共に生々しく残っている。
解らなかった。
私は何に怒っているのかを。
解った上で、混乱していた。
普段の私なら、こんな状況も下手くそな笑顔を浮かべて 楽しんでいるふり をしているはずだから。
まさか自分が、浮気をされたことに、酔っ払い同士の戯れにこんなにも怒りを覚えるなんて。
今回の事はお互い言及せずに、いつか他の話題に埋もれ消え失せる。
そんな暗黙の了解がいつの間に出来てしまうのだと思った。
気付けば日が大分傾いていて、街が閑かな空気から殺伐としたものへ変わる境目の時間となっていた。
こんなときは、呑むに限る。
持ち合わせの金を掴み、あの日の酒場へと足を運んだ。
階段を降りきると、前と同じ椅子に見知ったばかりの赤毛の男性、織田作之助の姿を認めた。
「お。珍しい客が来たな」
前と同じ朗らかな笑顔で軽く片手を挙げる彼。
「どうも。お隣良いですか」
会って少しの私でも何気兼ねなく話せる気軽さを纏った彼は、迷うことなく隣の椅子を引いてくれた。
「太宰は?」
「仕事かと、」
マスター、コニャック下さい。と腰を降ろして間髪入れずに言うと、何かあったのかと心配された。
「…女か」
今日はよく酔いが回る。気付くと昨夜からのことを織田作さんに全て話していた。
彼は何も言わず、困ったなという顔で話を聞いてくれた。
「すぐ人を切るのはやめた方が良いぞ。」
織田作さんの言葉は余りにも正論で私は頷くしかなかった。
「だがそれは太宰が悪いな。」
「いえ、私がもう少し魅力的であれば、」
「本当にそう思っているなら、こんなにも怒ってないんじゃあないかな」
手持ちのグラスを傾けて喉を濡らしてから続ける
「好きな男が他の女を抱いたなんて知ったら、怒るのは普通だと思うぞ」
この一言が驚くほどすんなり私の中に収まった。
自分の怒りに戸惑っていた私への、この一言が。
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作者名:シリカゲル x他1人 | 作成日時:2016年7月15日 2時