重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第75話　荒覇吐 vs 鳳凰 ページ28

「誰が莫迦(バカ)だ!!」
「中也じゃねェよ！」

　自分の身体なのに、他の誰かに操られている不快感を他所(よそ)に勝手に動き、Aの腹を容赦無く蹴り上げた。婚約者が受け身も取れずに、階段の縁(ふち)に背中と後頭部を強打。然(しか)し、強打する直前、一瞬だけ黒い何かに阻(はば)まれて昏倒する気配は無く、悪態をついて蹴られた腹をさすり乍(ながら)も立ち上がった。

「結界が無きゃ、今ので死んでたな」
「それを展開する暇を与えなければ善いって訳か」
「来い。お前の死の遊戯(デス・ゲーム)に付き合ってやる」
「面白ェ！」

　身体は意志を無視して抵抗し、婚約者の身体に更(さら)に負荷をかけた。混凝土(コンクリート)の地面に罅(ひび)が入り、四つん這いになった際の窪みができる。彼女の喉から呻(うめ)き声が漏れ出るのに、聞こえない振りをする俺の耳に、誰かの耳障りな嗤い声が聞こえた。

「ぐッ…！」
「…おいおい。さっきの威勢は如何した？ 口先だけじゃ、この俺に勝てねェぞ？」
「…へへっ」

　パンツスーツ姿のAが、眼前で笑った事に違和感を持った。被虐性愛者(マゾヒスト)じゃなかったよな？ と、不安が胸中に込み上げる。


　刹那、青灰色(せいかいしょく)の瞳から変色し、瞳孔が縦になり、獣同様の獰猛な紅い瞳と視線が合った。


　首を絞められたように息が詰まって、上手く呼吸ができない。
　背筋が凍って。
　否(いや)、違う。
　全身の筋肉が委縮して、指先すら動かせない。
　『此奴(こいつ)とは戦うな。殺される』と本能が警告するが、生憎(あいにく)、俺の辞書に『逃げる』選択肢は存在しねェ。
　脳裏に、一つだけ。
　唯(ただ)一つだけ、この最悪な状況を打破する方法が思い浮かぶ。
　それは、あの男が居なければ話にならない。
　視線に抵抗し、脳からの電気信号を受けて、腕が。指が動いていく。指先が、掌(てのひら)の部分が焦げた手袋を指先で一本ずつ抓(つま)んで、丁寧に外していった。

　もう後戻りはできねェ。
　敵の精神操作の異能力と自分の汚辱も、誰にも止められねェ。

「…汝(なんじ)、陰鬱なる汚辱の許容よ…」
《ほぅ。我に立ち向かうか。面白い選択だな。荒覇吐(アラハバキ)》

　彼女の器に入った誰かが、俺を軽く煽(あお)ってくる。

「……改めて、我を目覚ます事勿(なか)れ」

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