重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第76話　解除方法 ページ29

(…このまま、俺は、婚約者を異能力で殺すのか)

　Aの中に居る強大な『何か』と対等に渡り合うために、汚辱で意識を手放した数秒後、遥か遠くから。…否(いや)。近くから声が聞こえた。

(──い。おい！ やめろ！ 中也！)

　安全装置の『俺』に直接話しかける誰かが居た。姿は見えねェが、その声はA本人だ。

(鳳(ほう)様と真面(まとも)にやり合うな、お馬鹿！ 死ぬぞ！ こっち側に戻って来い！)

　その言葉に導かれて、徐々に意識と自我を取り戻し、異能力に厳重な鍵がかけられていく。それと同時に視界も鮮明になるが、全身に気怠(けだる)さが残るだけで、夥(おびただ)しい出血もなく、指一本動かせずに倒れ込むほどでもなかった。
　薄暗い結界に囲まれている以外は、俺が汚辱形態になる前と何も変わらない。
　Aは、数歩先でよろめきつつも、己の両脚で立ち上がって微笑を見せ、指先を指揮者のように軽く動かして結界を解除した。婚約者が生存している事に安堵した俺は、左側に駐車している無傷の愛車に寄りかかる。

「…A。あれから何秒経った？」
「30秒弱だ」

　乱れた髪を手櫛で掻き上げながら、そのまま言葉を続け、損害報告を告げた。

「中也が撒き散らした重力子は、鳳様が張ったあの結界と神通力で無効化したから、近隣住宅に損害は無い」
「…そうか。やっぱ、Aの異能って凄(すげ)ェな」
「ああ。そうだな」

　相槌を打って階段の手すりに背を預ける彼女は、酷く疲れた顔をする。
　婚約者になってから新たに見つけた共通点は、２人がヒトの形をした神様の器という事だ。暫(しばら)く愛車の扉に寄り添っていると、遠くから駆け寄る複数の足音が聞こえてきた。

「神崎さん、中原さん！ 大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
『無い』
「よし。蒲生は神崎を運べ。俺は彼を背負う。おい。出来田」
「開けたよ」

　中肉中背の男に背負われた状態で、社員寮の102号室にお邪魔したかと思えば、居間の隅にある巨大な色違いのクッションにAと隣同士で寝かせられ、デキタと云う男の簡単な問診に応え、婚約者に腕枕をした直後、睡魔に負けた。


　次に目を覚ました時、３人の男と１人の女が、寝間着姿で居間でゆるりと寛(くつろ)いでいる。

「おはようございます、中原さん。気分は如何です？」
「…まァ、万全とは云えねェな」

　居間にある時計が指し示す時刻は、23時をとうに回っていた。

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