重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第64話　神崎一族の歴史 ページ17

「寝物語代わりに、我が神崎一族の歴史を簡単に語ろうか」

　千葉の地葡萄酒(ワイン)をグラスの中で揺らす素面(しらふ)の俺に、ほろ酔いのお父様が静かな口調でこう言った。

　神崎一族が袂(たもと)を別つ事になったのは、今から1020年前。
　薬師の道を選んだ兄と、神崎一族本来の家業である鳳凰様を祀る神職の弟家族双方に、馴染みのない青灰色(せいかいしょく)の子供が生まれ、生かすか死なすか意見が割れた。

　原因を突き詰めていくと、只(ただ)瞳の色が違うだけの下らないものだった。

「中也君は、なぜ、埼玉側の神崎家が薬師や医者の立場と保ちながら繁栄してきたと思う？」
「……。真逆(まさか)──」

　重要な歴史を省略・簡略化した語り部が、赤ら顔で質問する。
　そこで、話を聞かされた人間で、今まで差別されていた青灰色の瞳の子供達の冷遇を考えれば、誰でも最悪の結論を出せる。後の言葉を出せずにいた俺に代わって、Aのお父さんが答え合わせをした。

「その子達が存命の期間は、薬の実験台にして、死ねば、腐臭も構わずに材料にしていたそうだ。たとえ木乃伊(ミイラ)になっても、漢方の観点では薬になるからね。数で言えば、10人。百年周期で生まれ、物珍しく貴重な『宝』の一面と、日本人には馴染みの無い瞳の色で『忌み子』と言い伝えられてきた。これが、我々の裏側。決して表に出ない歴史だよ」

　だが、その境遇に異を唱えた彼の父は、交通事故を装って殺害され、祖母は、曾孫が生まれる前年に、神崎一族の馬鹿げた掟に心を痛めたまま、心労で亡くなった。そして、愛娘に悲劇が起こらないように、土屋家を頼って避難させたが、１年ぶりに再会できた生誕日に攫(さら)われ、現在に至ると云う。
　そこまで語って、Aの両親は深く頭を下げて、『Aを幸せにしてくれ』と告げ、俺は、それに違(たが)えない事を誓った。眼前に居る夫婦は、目尻に涙を浮かべ乍(ながら)も再度乾杯を求め、一族繁栄を願って、グラスを傾ける事で応(こた)える。Aは、自分の爺さんと曾(ひい)婆さんにあたる者達の死因を初めて知ったのか、俺の隣で驚いた表情(かお)を見せて、赤葡萄酒(ワイン)を呑むのを止めてしまった。


「掃除をしに来たようだね。じゃあ、お休みなさい」
『お休みなさい』

　日付が変わり、裏門に車が停車したのを機に、寝物語を語ってくれた当主夫婦は退散した。

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