さよなら、また。 (ページ5)

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もうこの唇に触れるものはないページ5

初めてのキスは学生時代。
一瞬触れるだけのものだった。
趣があったのかと聞かれればそうでもない。ただ距離が近くて、見上げれば彼の顔があって、何となくその唇にとてつもない魅力を感じて……。彼も同じだったのだろうか。気がつけば後頭部には彼の手が回っていて、唇が触れあっていた。

「……きす、した？」
「したな。」

口からこぼれ出た言葉はあまりにも幼稚で、もっと色気のあることを言えと心の中の自分から叱られているような気持ちになる。将人もなに食わぬ顔でさらりと言葉を返すから、私はますます自分がバカらしく思えてくる。
彼が私の髪に触れる。私の髪がさらりと彼の長くて綺麗な指の間を通り抜けた。

「俺、警察官になるんだ。」

淡々とした彼の声が部屋に響く。警察学校に通っていたのだ。当たり前のことだろう。それでも私はどこかで彼が別の道に進むかもしれないと少し思っていた。なにか言葉を返さないといけない、でもなにも言えない。彼は続けて言葉を紡いだ。

「危ない仕事だから、ずっと生きてられるとは限らない。Aのこと、一人残すかもしれない。だから、」
「それでもいい。」

彼の言葉の続きを拒むように私は声をあげた。いいなんて思わない。本当は怖い。ずっと一緒にいたい。失うなんて考えたくなかった。

「……それでもいい。私、将人が好きなの。一緒にいたいの。悲しいこと言わないでよ。私は、あなたを支えたいの。」

言葉と一緒に涙までポロポロと溢れてくる。感情を押さえられないなんてまるで子供みたいだと思いながらも止めどなく涙は流れ続けた。彼は私の涙を掬って困ったように眉を下げた。

「本当は、手放すほうがお前も幸せになれていいかもしれないと思ってたけど、今さらもう無理だ。俺、お前が思ってるよりお前が好きだよ。」
「私だって将人が思ってるより何倍も将人が好きなの。将人が離れてって言ってももう離れてあげられないから。」

これからどれだけ残酷な現実が待ち受けていようとも、彼への想いはやめたほうがいいなんていう理性なんかでもう止められなかった。誰がなんと言おうとも好きだった。もうその時から私の全てが彼だった。

彼ともう一度唇が触れあった。今度はお互いを確かめ合うように長く、深くキスをした。私にとってこの時は永遠に感じられた。さながら誓いのキスのようだった。

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「もう、どれだけ思い出しても二度と触れることすらできないけれど。」

確かに、待ち受けていた現実は残酷だった。