146話 ページ46
少し時は遡る。
駅で助けた少女――マリィさんとの会話を楽しみながらのそらとぶタクシーは無事、ガラルの町の一つである"スパイクタウン"に到着した。
タクシーの運転手に代金を支払うと、タクシーは空高く飛びあがる。
アーマーガアの羽ばたく音が遠ざかるのを聞きながら、私はマリィさんが生まれ育った場所であるこの町を見上げた。
エンジンシティとは違う、どこかパンクな雰囲気を漂わせるせるかのような印象を受けるその町に、私は年甲斐もなくドキドキした。
例えるなら、初めて冒険に出たあのドキドキ感とでもいおうか。
私は冒険など出たことはないが、おそらく中らずと雖も遠からずであろう。
ついぼーっとしてしまった私の手を引き、マリィさんは町の中へと進んでいく。
そして、彼女は私の手を掴んだままある店のドアノブに手をかけた。
チラリと見えた看板には酒瓶の絵とガラル語でバーと書かれているのが見えたので、私はここがバーであることを悟った。
「いらっしゃってマリィさんっ! お久しぶりですっ」
「久しぶり。アニキはいる?」
カランカランとベルが鳴るのを聞きながらバーの中へと入ると、カウンターの向こうに黒とマゼンタを基調としたパンクな衣装に身を包んだこれまたパンクな雰囲気の女性がいた。
その女性とマリィさんはどうやら知り合いのようで、親しそうに会話をする。
マリィさんの問いかけに、女性は拭いていたであろうコップを置きながら口を開いた。
「ネズさんは、まだ来ていませんね」
「そう……」
"ネズ"
それが、マリィさんのお兄さんの名前らしい。
しかし、この名前を私はどこかで聞いたことがある気がする。
どこだっけ。
結構身近で聞いたことがある筈なんだが……。
喉のあたりまでは出かかっているはずなのだが、なかなか出てこない。
表情を変えずに、内心でそう思っているとカウンターの女性が口を開いた。
「時にマリィさん、そちらの方は?」
女性は私へと顔を向けながらそう問うと、その問いに答えるべくマリィさんは経緯を説明した。
全てを説明すると、女性は慌てた様子で私に向かってペコリと頭を下げる。
「マリィさんを助けてくださって、ありがとうございますっ」
「いえ、そんな大層な事は……」
「そんなことなかよ。Aさんは、あたしの恩人たい」
「だからネズさんに、なんですね。ネズさんならもう少しで」
女性の言葉が言い終わる前に、来客が来たことを知らせるベルが店内に響いた。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2021年9月18日 21時
