140話 ページ40
「あのなぁ。オレさまが優しく言ってるうちにさっさと出ていけよ」
「いや、ですから」
苛立ちを隠そうともしない男に、私はそう言葉を紡ぎ出そうとするが私のその言葉が続けられることはなかった。
なぜなら、さらに苛立ちを募らせた男の言葉でかき消されたからだ。
「あんまりしつけぇと、ジュンサ―さんを呼ぶからな」
そうまくしたてギロリと鋭く睨みつけてくる男に、私はこれ以上の会話は望めないと判断しストラップから手を離した。
「申し訳ありませんでした。これで失礼いたします」
これ以上この場にいたくなかった私は、軽く頭を下げ男の横をそそくさと通り抜けた。
自分の背中にビシビシと男からの視線が刺さるが、私はなにか悪いことをしたのだろうか。
来た道を戻り、受付の人に許可証を返しスタジアムを出た私は、思わず「あっ」と声を出した。
「そうか……"私"だから駄目なんだ」
自分の発した言葉が、ストンと胸に落ちる。
そうだ、私はカブ叔父さんの名と顔に泥を塗ってしまった人間だ。
おそらくあの男は、それを知っていたんだろう。
それなら、男のあの態度も納得だ。
「そっかぁ……」
ぽつりとそう呟くと、目の前がじんわりとぼやけてくる。
駄目だ、私に泣く権利なんてないんだから。
こぼれ落ちそうになる涙をやや乱暴に袖で拭い、私は大きく息を吐いた。
「……帰ろ」
行きとは違い沈んだ気持ちのまま重い足取りで、私はスタジアムを後にする。
エンジンシティのいたるところにある蒸気機関が発する特有の音を聞きながら、ぼんやりと足を進める。
こんな気持ちでは店に立ち寄る気も沸かず、真っ直ぐと駅に向かおうとする私の足を聞き覚えのある声が止めた。
「Aさんっ」
「ん? おやマリィさん」
私を呼び止めたのは、駅で会った少女、マリィさんだった。
彼女は買い物をしていたのか、手にはいくつかの袋を持っている。
人様に、それも子供に暗い顔を見せるわけにはいかないと、私は口角を上げ笑みを見せる。
「マリィさんはお買い物ですか?」
「うん。キズぐすりとかいろいろと無くなってたから補充してたの。Aさんは?」
走ってきたのか少しだけ息が荒かったマリィさんは、息を落ち着かせそう言った。
私なんかに声をかけるために走ってきた彼女に、なんともいえない思いを抱きながら私は言葉を返す為、口を開く。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2021年9月18日 21時
