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162話 ページ12

だが執念がなした業か、男の腕から手を離したその瞬間に男の腕に強く爪を突き立てることが出来た。
私の爪は程よく伸びているせいか、渾身の力を込めたそれは意外にも男の皮膚はその肉と共に簡単に裂く事に成功する。


男は痛みからか低く呻くその声が私の耳に届き、己の心の中にやってやったという感情が小さく沸き上がる。


しかし、私のこの行動が男の小さな小さな矜持に傷をつけてしまったらしい。
男の顔は布で半分ほど隠れているが、その隙間から見える肌はまるで火がついてるかのように真っ赤に染まっているのを見て、私はそれを悟った。


「このっ、クソアマがぁぁああああっ!!!」


肩が無意識の内に震えるほどの怒りの混じった男のその絶叫が耳を侵していく。
そのけたたましさに眉間に皺を寄せた瞬間、自分の左胸に衝撃が走った。


「えっ、あっ――」


衝撃の次にやってきたのは、己の身を焼きつかさんばかりの熱と身を裂く程に鋭く走る痛みだった。
何かが飛んできたようなその衝撃により、痛みを抱えた私の身体はそのまま後ろに倒れていく。


周りの景色が妙にゆっくりとした速度で流れていく。
倒れる途中で、私は自分の身体を見る事が出来た。


自分の左胸に深々と刺さるナニか。
私の身体から生える先の丸い形状には、見覚えが、ある。
私の身体に刺さったそれは、苦無だ。


おじいさんが私に残してくれた形見と同じ武器で、私は死ぬのか。
じくじくと痛む傷をどこか他人事のように感じながら、ちらりと周りへと視線を向ける。


胸から生じる痛みのせいで視界がかすみ顔の区別はつかないが、見知った色がそれぞれ何かを叫んでいるのが見えた。
彼らが何を叫んでいるのは微かに聞こえるが、その中身までは理解することが出来なかった。


――もう、なにも聞こえない。

――もう、なにも見えなくなってきた。

――もう、何も感じない


頭がぼんやりしてきだし、まるで眠りにつく前のような心地が私の身を包んでいく。
あぁ――私はこのまま死んでいくのか。


まだ……おじいさんの仇を取れていないのに。
自分の無力さを痛感した私の目から涙が自然に沸いて、目尻に溜まったその涙は目を閉じるのと同時にそのまま頬を伝っていく。


真っ暗な瞼の裏に、優し気に笑うおじいさんの顔が思い浮かんでくる。
それと同時に、もう一人の顔も浮かんできた。


あぁ、そうだ。
もし出来る事ならば――"あの人"に、会いたい。


そう願いながら、私の意識は深い闇へと落ちていった。

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長月シキカ(プロフ) - mozomozoさん» コメントありがとうございます!レスが遅くなってしまい申し訳ありません。この作品ではキャラの心理描写に気をつけながら作り上げたので、mozomozo様のお言葉とっても嬉しいです^ - ^閲覧感謝です♪ (7月13日 17時) (レス) id: f960b2a2a7 (このIDを非表示/違反報告)
mozomozo(プロフ) - とっても素敵なお話でした。何より心理描写が綺麗で本当に惹き込まれました。 (7月1日 2時) (レス) @page30 id: c5d40106d1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:長月シキカ | 作成日時:2022年10月28日 0時

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