赤と黒のLiberations8

【壁の先】6　★ ページ33

「こいつか…。」

まさかコウくんじゃねえよな…。
なんとなく相手だけでも確認しようと、鞄の内ポケットから携帯を引き抜くと…。

「あ…。」

そこに表示されていたのは、Aのお母さんだった。
昨日、ずっと着信を拒否してるって言ってたし、おそらく帰ってこない娘を心配して連絡してきたのだろう。

鳴りっぱなしの携帯を持ったまま、本人を起こした方がいいかとベッドへ顔を向ける。
でもAから事情を話すとなれば、きっと言えないことの方が多いだろうなと思い、すぐに手の中の携帯に視線を移す。

「引き留めたの俺だし。」

お見合いのドタキャンも外泊も、そもそもの原因が自分にもあることを申し訳なく思う中、徐々に芽生えてくる一つの決意。

「出ちゃうか。」

加えて、二人の関係が一歩進んでしまった今、その事は伏せるにしても、後継ぎの件もふまえて一度お母さんとよくお話した方がいいかもしれない。

そうすれば何か解決の糸口が見つかるかも。
俺は期待を込めつつ、Aを起こさないよう隣の部屋へ移動して、震える携帯の通話ボタンをタップした。

「もしもし。」

『もしもし！A？…じゃないわね。』

出たのが男だから、お母さんがすぐにAじゃないと気づいた。

「はい、お久しぶりです。羽生結弦です。」

『えっ…羽生くん…？』

名乗っただけでお母さんがいきなり戸惑っている。ということは、Aは俺と会ってることを伝えてないんだな。

「すみません。実は今一緒にいるんです。」

『一緒にって…。』

「偶然会えたので、僕がAさんを引き留めてしまいました。」

俺と会ってる秘密を漏らさないために、親にも黙っていたAに敬意を表しつつ、すみません。と、もう一度謝っておく。

『あの、どういうことですか。』

そして困惑する様子のお母さんにまず、事の経緯を順序立てて説明する。

俺は、試合中泊まっていたホテルがお見合い場所だったことから、自分がお見合いをやめさせたことと、その流れで部屋に泊めたことを伝えた。

実際には少し違うけど、この方がAの立場が悪くならないと思ったからだ。

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