◆ ページ37
「え…」
るすくんは、驚いたように目を開いた。瞼の隙間から覗かせた紫色の瞳には、彼から目を離さずに微笑む私の姿が映し出されていた。
「A、今、」
「うん、呼んだよ。
…るすくんって、呼んだ」
「な、んで、」
まだ完全には思い出せてないんやないの?そう驚いたように、まるで夢かと疑っているかのようにるすくんは震えた声でそう言った。
彼の言う通りだ。私の中で彼の記憶など、断片的に等しいわけで、思い出したからるすくんと、そう呼んだわけではない。
完璧という言葉で固められた彼の完璧ではない内面を知ったから。そこに黒崎家の御曹司という言葉は存在しない。
なら、婚約者だなんて重ったるい壁なんてとっぱらって、あの時みたいに、何の利害関係もなくただの友達として接していた子供の頃に戻って、ちゃんと彼と向き合って、それから、
____それから?
「A、」
「…え?あ、ちょ、」
名前を呼ばれてようやく我に返った途端、るすくんは食事中だというのにも関わらず立ち上がって、スプーンを持ったままの私の手を取った。
私が顔を上げると、彼の綺麗な瞳とぶつかる。相変わらず端正な顔立ちをした彼は笑った。
嬉しそうに、幸せそうに。
「ふふ、まって、どうしよ、今俺すんごい嬉しい。言葉でうまく説明できないんやけど、あぁもう、なんて言ったらええのかなぁ。幸せ…うん、そうやね、幸せ、幸せやね」
ゆっくりと、まるで一つ一つの言葉を噛み締めるように、丁寧で優しい声でるすくんは囁いた。彼から紡がれる言葉一つ一つが嘘偽りのないということは彼のその表情から読み取れた。
本当に、本当に彼は私のことを…。
(…なんで、私なの)
彼から目を逸らしてしまった。だめだ、今の彼は、ううん、るすくんは私には眩しすぎる。こんな、純粋に私のことを好きでいてくれる人に私は何を言おうとした?どうして今日彼を誘った?
胸が痛い。ズキズキと、私の心臓をナイフで何度も刺しているようだ、それも深く、重く。
(…最低だ、私)
こんなにも私のことを好きでいてくれているのに。私はそれに応えずに、彼の好意ですらも全て無かったことにしようとしているなんて。
「…ごめんなさい」
「え、どうしたの、A?Aが謝ることなんて、何もないやん、」
「違うの、違う、違うよ、るすくん。ごめんなさい」
「ねぇほんまにどうしたの?落ち着いてA」
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時雨(プロフ) - おもちもちもちさん» コメントありがとうございます!!そう言っていただけるとこちらのモチベーションにも繋がりますのでとても嬉しいです(; ;)もう少しでまた更新できそうですのでそれまでもうしばらくお待ちいただけるとありがたいです^^* (2020年2月17日 17時) (レス) id: 27a105a2bf (このIDを非表示/違反報告)
おもちもちもち - やっっっっべぇめっちゃ好きです…(俺の語彙力飛んでった←)更新楽しみにしてるんで、無理のない程度に頑張ってくださいね!(?) (2020年1月17日 1時) (レス) id: b8721ff069 (このIDを非表示/違反報告)
時雨(プロフ) - さくりさん» 返信遅れてすみません…!!コメントありがとうございます!!もう少ししたら更新が出来そうですので、それまでお待ちいただけるとありがたいです…!! (2019年12月5日 21時) (レス) id: 27a105a2bf (このIDを非表示/違反報告)
さくり - 初めてコメントをさせていただきます〜、さくりです!この話自分にドストライクすぎてヤバいです…!更新待ってます!! (2019年11月9日 17時) (レス) id: 11e1fd3e2e (このIDを非表示/違反報告)
時雨(プロフ) - ぽんずさん» コメント&通知登録ありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです、これからも頑張りますね! (2019年7月15日 21時) (レス) id: 27a105a2bf (このIDを非表示/違反報告)
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