kn…何処へでも(1) ページ9
「今までありがとう」
「…おう」
Aを家の前まで送り届けた車内、今までにないしんとした狭苦しい空間。
これが最後なんか、と今更思う。
降りろとも、降りるとも、どちらとも口を開かずに過ぎる時間。
大人になると、変に物分かりが良くなり流れに身を任せるようになったりする。
「…楽しかったね」
「…せやな」
一線引いて進めた関係、覚悟してこれまでダラダラと続けてきた。
Aに許婚がおるにも関わらず、感情を殺して到底許されない事を隠れてしてきた。
それなのに思い出す事は楽しい事ばかりで、逆にその分が今、伸し掛かる。
煙草に火をつけて、窓の外に煙を吐き出す。
抑えつけた言葉の代わりに夜空に流れる白い煙。
こんな簡単に吐き出せたら、どんだけ楽なんやろうなぁ。
「シッマ、あのね?」
ぼんやりと外を眺めとると、Aが小さく口を開いた。
「このまま、何処かに連れてってって行ったら…どうする?」
「…は?」
同様に、窓の外を眺めるAの顔が見えへん。
「あーあ……分かってたのにな」
次第に声が震えていく。
「A」
隠れた顔を見るようにシートから背中を離し、手の甲で頬に触れると濡れとった。
肩を引いて、こちらを向かせるとぼろぼろと涙が落ちて。
「分かってたのにっ…何でっ」
煙草を灰皿に押しつけて、Aを抱き寄せる。
俺の腕の中で、何かが決壊したようにわんわん泣き始めるAを、俺はどうしてやれるんやろう。
「…っ、いって、思ってたのに」
「ん?」
「好きに、ならないって、思ってたのにっ」
初めて聞いた言葉、その二文字を、俺らは知りつつ封をした。
物分かりの良いふりをして、大人のふりをして精一杯の虚勢を張ってきた。
「どうにもならないって、分かってたのにっ!」
「分かったから泣くな」
一度も口にした事がない、見て見ぬふりをしてきた。
目も耳も、口も覆って、考えへんようにして、暗闇の中だけでの関係。
まるで犯罪でも犯してるかのように、ほんまは楽しいなんて言えへんような、それでも離し難かった深いところで繋がった関係が、終わろうとしてる。
「A、ほんまに逃げたいか」
「っう、シッマぁ」
「A、お前は俺に…」
俺にはその覚悟があるか。
タイムリミットはもうすぐそこで、拒まれる事を恐れて外に吐き出した。
俺が吐き出すものがお前の毒にならへんか、そんな事ばかりを考えて、そんな事を考えてる時点でわかり切った事。
「お前は俺と何処にでも行けるか?」
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作者名：芝谷
| 作成日時：2020年2月1日 16時
