氷解 ページ12
そうこうする内にも階段を上がって来るマフィン君の足音が聞こえ、僕はもう我慢出来なくなった。
もう少しで「馬鹿じゃないか、君の指じゃないのに!」と怒鳴る所だった。
ところがその時、シャーロックはいきなり床に膝をついた。僕の座る椅子にぴたり身を寄せる格好で。
そして、僕の手を握っていない方の手で懐から何かを抜き取ると、
は?
絶句する僕の首筋にシャーロックの手が伸びた。
まるで死人のそれのように冷え切った細い指。
彼は僕の耳元に顔を寄せ、いっそ戦慄を覚えるほどに魅惑的なテノールで囁いた。
「俺はお前の人生をもらう」
全身の血が逆流し、頭の中が真っ白になった。僕は立ち上がろうとしたけれど、シャーロックに肩口を抑えられていたのと酷いめまいを覚えたのとでそれが叶わなかった。
僕はぼうっとしながら薬指に嵌った銀色の輪をなで回した。
心の何処かではまだ、これが指輪型の爆弾であることを期待していた。でも精密な指の感覚は、紛う事なきプラチナの質感と、小さく彫られたSとRの文字をすぐに探り当てる。ちょっと待て、これは僕とこの男の頭文字じゃないか。
「じょ、冗談だろう、シャーロック」
「何がだ」
僕は再び煙草に火を付けるシャーロックの瞳を、食い入るように見た。けれど彼の瞳はやけに透き通っていて、いつものような嘘も企みも陰りも全く姿を消していた。
ただ炎が揺れているだけ。そして僕が僕を見つめ返しているだけ……
そこへ来て、僕はようやく全てを理解した。
「つまり、」僕は手の平で額を覆った。
「全部芝居だったんだね?」
マフィン君の告白から、切れ者過ぎるあの返しまで、これは全部が全部罠だったんだな?
「ああ」シャーロックは僕を見もせずに頷いた。
「あいつは自分に演劇の才能があることを知って喜んでいたな」
うかつだった……。僕は溜息をついた。
僕はマフィン君のことを「真面目で優しい子だ」と決めつけ過ぎていた。いや、普段は本当にそうなのだけど、よく考えてみれば彼は、母親を騙して家出も当然にここへ引っ越して来たという前科があった。
目的のためなら嘘も芝居も辞さない
彼はそれに変身したのではない。本質がそうだったのだ。
ああ、何故それに気づかなかった!
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シャーロック(プロフ) - Riruriさん» うわ〜!嬉しいお言葉を本当にありがとうございます!お待ちしておりますのでぜひよろしくお願いします!感謝しております! (11月26日 0時) (レス) id: 37fed7f1d4 (このIDを非表示/違反報告)
Riruri - ネット販売おめでとうございます…!生憎金欠なので、お小遣い入ったら光の速さで購入させていただきます。本当は今すぐにでも欲しいですが……無念。これからもシャーロック様としての活動、カイマナふぁみりー様としての活動共に陰ながら応援しています! (11月24日 16時) (レス) id: fa82e694ee (このIDを非表示/違反報告)
シャーロック(プロフ) - Riruriさん» お返事遅くなってすみません!実は数日前から私が脳梗塞なんじゃないかって家族と大騒ぎしていて、とても余裕がなかったんです(汗)ハロウィン短編を喜んで頂けてとても嬉しいです。敵対関係にないのに互いに踏み切れない二人。歯痒いけれどもそれがいい! (10月15日 22時) (レス) id: 37fed7f1d4 (このIDを非表示/違反報告)
Riruri - 別世界線の二人も中身はそのままなのに設定が違うだけでここまで関係性も変わっていくのかと驚きましたし、それと同時により二人のことが大好きになりました💞素敵な作品を読ませてくださり本当に有難うございます!!読みにくい長文コメント失礼致しました💦 (10月11日 14時) (レス) id: 7e45e119a7 (このIDを非表示/違反報告)
Riruri - ハロウィン編、物凄く素敵です…!!新たな設定の二人と知り、どうなるのかとワクワクしながら読み進めていきましたが、そのワクワクを遥かに上回る程の面白さ、“尊さ”でさっきから溜め息が止まりません笑 物語の進め方、まとめ方も凄く美しくてただただ尊敬です…… (10月11日 13時) (レス) @page35 id: 7e45e119a7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:シャーロック | 作者ホームページ:https://kaimanafamily.wixsite.com/welcome-to-sanctuary
作成日時:2022年11月14日 17時