＊この世で最も美しく、哀しくない話＊ (ページ10)

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私の職場は家から徒歩５分の小さな薬局だ。

側に病院がある訳でもなく、商店街の中の１店舗でしかない小さな薬局。

近所にチェーン展開されている大きなドラッグストアが出来たので

ますますお客さんは減った。

近所のお爺ちゃんお婆ちゃんが主なお客さんだ。

店主は７０歳近い正三(ショウゾウ)さん。

正三さんが蜜柑の皮を剥きながら「Aちゃん、機嫌悪い？」と聞いた。

私は思わず両頬を撫でながら「えっ、あっ、すみません。嫌な顔してました？」と聞いた。

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お客さんがますます来ない昼食時。

正三さんはレジの後ろ･･･正三さん家の居間。にあたる部屋でお昼ご飯を食べ終わったところ。

「朝から鬼のような顔してる・笑」

正三さんが面白そうに笑う。

「何かあったのかい？」

A「～～～～～っ、あったんですけどね、あぁ･･･悪夢です」

ハハハ、と笑いながら正三さんが蜜柑を渡してくれた。

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初めて勤めたのは総合病院に隣接した調剤薬局。

覚えることが多くて、忙しくて、ミスがないように細心の注意を払い･･･

慌しく、それでも充実した生活だった。

数年後、まさか自分がこんなにのんびりと･･･小さな薬局で働いているとは

想像もしていなかった。

････今みたいにのんびりして、心に余裕があったら。

私は雅紀の横に、今もいれたのだろうか。

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「もしもあの時･････」をいくら繰り返したって、過去は変わらない。

そう知りながら、私は何百回、ううん何千回と繰り返した。

「もしもあの日、残業を断って雅紀と会っていたら」

「もしもあの日、雅紀に行かないで、と言っていたら」

「もしもあの日、雅紀に縋りついて泣けていたら」

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雅紀のことを考えると、思い出すと、和也のクソむかつく言動全ても

あっという間に頭の中から出て行ってしまう。

雅紀。

雅紀。今、どこにいる？何してる？

･･･････元気で、いますか？笑ってますか？

････････私のことを、覚えていますか？

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私は今も、雅紀を忘れられずに生きています。

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「･･･今度は泣きそうな顔してる」正三さんが困ったように笑った。