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──その日は、月が綺麗だった。
思わず見蕩れて、窓の向こうに視線が釘付けになる。
遠く遠く離れているはずの月がこんなにも大きく見えるなんて不思議だ。その距離38万km、私たちの定規では測りきれないほど遠いはずなのに、手を伸ばせば触れられそうな気さえする。
「何見てるの?」
不意に、後ろから声がかかった。
それが風呂上がりの河村先輩であると知りながら「誰かと思った」と驚いたふりをすれば、「他に誰がいるんだよ」と小突かれてしまった。この少し不敵な笑みが割と好きだったりする。
「月がよく見えるなぁって思って」
高学歴である彼に対して、敢えて " 月が綺麗だと思って " だなんて表現はしなかった。
その言葉がもつ意味なんて先輩は知り尽くしているだろうし、きっと安易に言っていいセリフじゃない。確かに夜空に浮かぶまんまるいお月様は綺麗だけど、それをこの人に伝えるのはナンセンスだ。
──なのに。
「本当だ。綺麗だね、月」
先輩はこちらを向いて、片頬をあげた。
こちらの考えなどすべてお見通しなのだろう。
私が何も言えずに固まっていると、「どうかした? 」なんて白々しく尋ねてくる。全部分かってるくせに。
「…………そんな、言うほど綺麗ですかね」
私は性格が良くないから、こんな可愛げのない返しをしてしまう。
もしかしたら先輩は悪戯が通らなくて機嫌を損ねているかもしれないが、私はその手の冗談に乗るつもりはない。甘いセリフに赤くなる私の役目は、もう数年前に終わっているのだ。
「…………A」
不意に、先輩から笑顔が消えた。
いつもヘラヘラとして人をおちょくってばかりいる彼のその真剣な表情に、思わず息をのむ。
射抜くような目。数秒、目がばっちりと合った。なぜたか逸らすことができなくて、「なんですか」とカラカラの喉で問う。そんな私を見て、彼はゆっくりと口を開いた。
「……Aの彼氏、怒らないの?」
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ぶっく。(プロフ) - どの作品も本当に素敵で、すべての話で心を動かされました!文章がとても綺麗……!最高の7名がそれぞれちがう時間を軸にした物語を展開されていて、本当にそれぞれちがう良さがありました。読んでいてとてもとても楽しかったです!ありがとうございました! (2020年4月8日 4時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
餅兎(プロフ) - 神作者の皆様、執筆お疲れ様でした!どれもこれも素敵な作品で、一つ更新される度に胸を躍らせていました。本当に素晴らしい作品を有難う御座いました…!! (2020年4月8日 0時) (レス) id: 10f5dc34bc (このIDを非表示/違反報告)
還元(プロフ) - いろさん» 読んでいただきありがとうございます。この後もまだまだ素晴らしい作品が続きますので、どうぞ最後までお付き合いください!コメントもありがとうございました! (2020年4月4日 1時) (レス) id: 0ea79b5d61 (このIDを非表示/違反報告)
はるむにに(プロフ) - 神々の集まりですね、、本当すごいです(語彙力)次のお話も楽しみにしております! (2020年4月1日 22時) (レス) id: 33dd96b3e7 (このIDを非表示/違反報告)
いろ(プロフ) - なんと…凄い神々が集まって作品をお造りになられたのですね、一話目から凄かったです。皆さんの見れるなんて…最高です。ありがとうございます。 (2020年4月1日 20時) (レス) id: 5fbef9d1c0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:830 x他5人 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年3月29日 15時