【шτ】日常に色彩を【短編集】 (ページ7)

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kr/疲れた脳に染み渡るのはページ7

つかれた。

シャープペンシルを机上に投げ出して、両手を上にあげ、ぐっと伸ばす。肩はばきばきと不快な音を立ててほぐれていく。その音は肩甲骨の悲鳴のようにも、歓声のようにも聞こえた。眼鏡を外して、目をきつく閉じる。乾燥していたらしい。眼球が熱い。

ああ、疲れた。本当に疲れた。

もう長いことにらめっこしていた参考書から目を離し、店内を見回すと、店に入ってきたときは八割埋まっていた席がほとんどもぬけの殻になり、どことなく虚しい空気が漂っていた。

それもそうだ、時刻はすでに午後六時を回っている。日の短いこの時期じゃ、外は完全に日が暮れてまっくらだ。店員さんが食器を片付ける無機質な音だけが響く店内。流石にそろそろ帰るか、と俺は座席を立ち、椅子の背にかけられているコートを手に取った。

「あの、お客様」

「…はい？」

俺を呼び止めたのは、さっきまで食器を片付けていた店員さんだった。

真っ黒なストレートがうらやましいほどに綺麗な、金髪で天パの俺とは正反対の女性店員さんは、お盆でなにかを運んでくるところだった。あれ、俺追加頼んだかな。

「えっ、俺、こんなの頼んでないような気が」

テーブルに置かれたのは、小さなショートケーキ。小ぢんまりとしてかわいい、女子大学生とかその辺が好みそうな、俺たちだったらNakamuがいるときじゃないと頼まないようなケーキだ。レジ横のショーウィンドウに並んでいたのが美味しそうで、注文するか本気で悩んだのは、勉強を始める前なので実に三時間前のこと。

慌てる俺の前で、店員さんは無邪気に微笑んで人差し指を唇に当てた。

「私からの私的なサービスです。勉強お疲れ様です。店長には内緒でお願いしますね」

それでは、と頭を下げて、店員さんは厨房に消えていく。

「あの、名前、聞いても」

とっさに出たのはそんな単語みたいな言葉だけで、恥ずかしさに顔に熱が集まる。ヤバいこと聞いたかも、俺、

「苗字はネームプレートの通りです。下の名前は、Aと言います」

彼女は動揺するそぶりも見せず、またちょっぴり微笑んで、今度こそ厨房に消えていった。後ろ姿を呆然と見送りながら、腰が抜けたように座席に座り込む。手に取ったコートはぐちゃぐちゃのまま隣に置かれ、呆けた頭でフォークをつかみ、ショートケーキを口に運んだ。

Aさん、Aさん、Aさん。
確かめるように何度も名前を呼んで、もうこのカフェ以外行かねぇ、なんて密かに心に決めた。