sha/願わくば、彼の生還を。 ページ3
「おはようシャークん」
「ん」
そっけない返事だなぁと思いながらも、脱ぎ捨てられてベッド脇に散らばった服を拾い上げ袖を通す。シャークんの分も、と服を探すが、見当たらない。不思議に思いながらシャークんのほうを見ると、すでにその手に見慣れた彼の服が握られていた。しかし着ようとはしていないようで、シャークんは全身鏡の前で突っ立っている。
「どうしたの」
「昨日Aがつけた傷見てた」
「殴るよ」
「冗談だって。お前あんま爪立てたりしないもんな」
「私はシャークんの噛み跡だらけですけどね」
「俺そんな噛んだっけ」
「噛みましたー。記憶ないの？」
「あんまり...」
私の体をじろじろ見ながら、一般的な平均身長よりも少し背が小さいシャークんはどこか申し訳なさそうに「ごめん」とつぶやく。別に嫌じゃないからいいよ、と返せば満足げにはにかんだ。
白尾帝国軍幹部様の朝は早い。昨晩最後に見た時計は二時を指していて(シャークんが帰ってきたのが一時近かったからしょうがないのだけれど)、今は五時。これでもほかの幹部よりは遅いほうらしい。今日は私と会える日だから特別に遅くしてもらったとかなんとか。
会える日の朝は、やることがたくさんある。コーヒーを入れて、シャークんより先にシャワーを浴びて、簡単な朝ご飯を作る。会えるのは月二回程度なので、こういう時ぐらいシャークんに尽くしたいのだ。
それはシャークんも同じらしくて、普段は連絡一つ寄こさないくせに、今日だけはとにかく沢山話をしてくれる。軍の話、国の話、シャークんの仲間達の話、美味しかった店の話。どれも面白くて、聞いていて飽きないものばかりだ。
今日もシャークんは私の作ったクロックムッシュ片手に、様々な話をしてくれた。
その表情は、どこか寂しそうで。
「じゃあ、行ってくるから」
瞬く間に過ぎゆく楽しい時間。名残惜しそうなシャークんの手が私の頬に伸びるので、そっと両手で包み返して微笑めば、満足そうに手をひっこめた。
私もシャークんも、これが最後の時間になるかもしれないと、分かっているからだ。
白尾帝国は隣国と現在冷戦状態に陥っている。そして、近いうちに総動員して奇襲をかける計画がある。しかし隣国もそこまで馬鹿ではない上に、戦力も拮抗しているので、簡単には落とせないだろう。戦争は泥沼化するに違いない。
「いってらっしゃい」
「ん」
本当に、そっけない返事だなぁ。
そう言いかけて、やめた。
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作者名：赤雪 | 作成日時：2021年4月26日 15時
