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Aは退職届を印籠のごとく突きつけた。ホテルのメモ用紙に書いているから、とてもチープな印籠ではあったが。
「いい加減にしな。死にたいの?」
これが邪魔をされたことに対する発言なのか、退職届に対する発言なのか、彼は自分でもわかっていない。
「薬なんて使わずに、最初っからそうやって脅してればいいのに」
Aは冷たく笑った。邪魔ならさっさと殺せばよい。中途半端な優しさがAを惨めな気分にさせる。
彼女は退職届を彼の胸に押し付け手を放した。
懐からスモーク弾を出して足元に転がす。神威の視界を奪ったところで、後ろにいる綸榭の手を引いた。
「何ボケっとしてるの。早く逃げるよ」
「あ、ちょっと、A……アタシにかまって大丈夫なの?」
「なんでさっさと逃げなかったの。せっかく逃げる時間を稼ぐために飛び出したのに」
「ねぇAってば!」
「大丈夫。もう後戻りできないし、行くよ綸榭」
「ああもう……Aのバカ」
足の速い綸榭がAを担ぎ上げ、煙に紛れて二人は逃げた。
神威は無言で立ち尽くす。寝ているはずのAが起きていることに驚愕しているのか、はたまた退職届に愕然としているのか。
それとも、自分から先に信用を裏切っておきながら、Aの裏切りに動揺しているのかもしれない。
「よォ団長、逃げられちまったな」
それはAか、綸榭か。空気を読まない阿伏兎の声がして振り向いた。神威は声の主に向かって傘を投げつける。
ドゴン、と音を立てて阿伏兎の足元に傘が刺さった。地面のコンクリートを突き破っている。
阿伏兎は汗を浮かべながら焦った声を出す。
「いきなり危ねェだろ」
「阿伏兎、お前がAを連れてきたんだね」
「姐さんにあんな顔見せられたら断れねェよ」
「反抗的な部下ばかりで俺は悲しいよ」
「そのうち一人はもう部下じゃなくなったがな」
「次はコンクリートじゃなくて阿伏兎の体に刺すよ」
神威は地面から傘を抜きながら獰猛な表情で阿伏兎に威圧する。どうやら笑いかける余裕もないらしい。
「で? 阿伏兎は誰の味方なの?」
「あの夜兎の嬢ちゃんを殺すのが仕事なんだな? ならそいつだけにしとけ。姐さんは……俺には殺せねェ」
「すっかり情が移ったな阿伏兎」
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作者名:夢宵桜 | 作者ホームページ:https://lit.link/dreamfairy
作成日時:2024年3月25日 21時