誘拐�� ページ41
義勇side
「〜♪」
鼻歌まじりに夕飯を作るA。
今日の柱稽古は終了し、Aは早速夕飯作りに取り掛かっていた。
俺は彼女についていき、台所の隅っこでやけにご機嫌なその後ろ姿を眺めていた。
……まるで、懐かしきあの日のように。
でも、その心境はまるで違う。
あの頃は始まったばかりの新生活に、心を踊らせ、未来に希望していた。
しかし今は、彼女の鼻歌を聞きたくなくて、耳を塞いでしまいたい気分だ。
普段なら何とも思わない鮭大根の匂いも、今は吸い込むたびに体が重くなりそうだった。
「義勇さん、できましたよ！ みんなのところにいきましょう？」
「……ああ」
普段ならもっと穏やかになれるはずのAの笑みに、どんどん心が荒んでいくのを感じる。
稽古に来ていた隊員たちと他愛のない会話に花を咲かせ、食事をしている時も。
風呂に入っている時も。
ふとした瞬間に叫び出したくなるような衝動に何度も襲われた。
理由、原因ともに明白。
俺の数歩前を歩くA。
風呂上がりで彼女は今日はも非番だというのに、身に付けているのは隊服と羽織。
そして丁寧にも、腰には刀と細剣、腰には短剣と拳銃、袖からは彼女が得意としている鋼糸の装置が見え隠れしていた。
死ぬ気だ、とまではいかない。
しかしこの様子からして、Aは勝算のかなり低い戦いに挑むつもりでいるのは目に見えている。
その相手は……彼女の兄。
あんな規格外のやつをどう倒すつもりなのだろうか……
しかし、少なくとも彼女は一時間もたたないうちに戦いの泥沼に引き摺り込まれる。
それも、たった一人で。
俺さえも、参戦することはできない。
しても、足手纏いになるのが目に見えるから。
不意にAがくるりと俺の方を向いた。
「義勇さん」
「なんだ」
やけに弾んだ声。
でも……喉の奥に出かかっている重く苦しい思いを、必死に押し殺しているのだろう？
その弾んだ声は、悲鳴だ。
とっ、とAが抱きついてきた。
「大好き、大好きです、義勇さん……この世で、一番。大好きです、愛してます……」
「……ああ、俺もだ。愛してる」
彼女の背に腕を回す。
彼女の心臓は、早鐘を打っていて今にも爆発しそうな勢いだった。
ばっと、Aが俺から離れる。
ほんの少し温まりかけた腹部が風にさらされ、冷や冷やした。
(続く)
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作者名：emiria | 作成日時：2021年1月5日 21時
