第52話 ページ12
車の窓を開ければ流れ込んでくる潮風。
その慣れた匂いに目元が緩む。
ここはヨコハマ。
碧棺左馬刻の街。
それだけでふわふわ眠くなるような感覚。
あったかくて、懐かしくて、幸せで。
きっとそんなことを言ったって、誰も理解なんてしてくれない。
ヨコハマは平和な街とは言い難いし、左馬刻の職業だって誇れたものじゃない。
それなのに『幸せ』だなんて、私は随分深い深い海の底に溺れてしまっているらしい。
暗くて、黒くて、冷たい海の底。
私と、左馬刻だけが知る海の底。
「泪、寝てんのか?」
「ん…、起きてる…」
急に水面に引き上げられるような声にそう答えると、頭の上に大きな手が乗った。
「悪ぃ、起こした」
「大丈夫、起きてたよ」
そう言いながら再度外を眺めると、見慣れた海と景色に『そろそろ着くから起こしてくれたんだ』と一人で納得した。
「暖房上げるか?」
「起きてたってば。それに寝たら左馬刻が運ぶんでしょ?」
「当たり前だろ」
『テメェ一人、何時間でも担げるわ』と、色気も何も無い一言に私は盛大に笑い声を上げた。
「…オイ、何そんなに笑ってんだよ」
「ふふっ、ごめ…っ、ツボっちゃって…」
お腹を抱えながら笑っていると、車が駐車する感覚に体が前に浮く。
いつの間にか見慣れた駐車場が広がっていて、シートベルトに手を伸ばすとそれより先に扉が開けられた。
「わ…っ、びっくりした…」
そこに立っていたのはいつの間にか車を降りていた左馬刻で、少しだけびっくりした。
瞳をぱちくりさせると、瞬きが終わる前に体が宙に浮く。
「…左馬刻、重くない?」
もちろんこの状況で私の体が浮くのは左馬刻がお姫様抱っこをした以外ありえなくて、じぃっとその顔を見つめると、赤い瞳がどろりと綻ぶ。
その色がたまらなく綺麗で息をするのを忘れてしまう。
「テメェ一人、何時間でも担げるっつったろ?」
ニヤリと笑ったのか、ふにゃりと笑ったのか。
どちらなのか分からないその笑みは、いつだって私の心を掴んで離さない。
「はあ〜…、かっこいい…」
「あ?当たり前だろ?」
何がどうなって『当たり前』なのか分からないけど、それすらもどうでもよくなって、この世界一大切な人を離してしまわないように、首に回した手に少しだけ力を込めた。
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トーマ - ついに完結してしまった…これからも幸せでいてほしいですね〜もう一回全部読んできます、神作品をありがとうございました!!煉くんかわ…かっこいい、女の子の扱い方うまそう… 次の作品もたのしみにしてます! (2019年1月26日 9時) (レス) id: 886f42f433 (このIDを非表示/違反報告)
カコ - 完結と同時にコメントしたかった・・・こんな幸せな作品をありがとうございました。他にもいろいろ言いたいことはあるけど、とても言い尽せそうにありません。なので、もう一度言わせてください。ありがとうございました。 (2019年1月25日 0時) (レス) id: 7a3bf8ffac (このIDを非表示/違反報告)
うすしおタルト(プロフ) - 花蓮さん» ありがとうございます!!よかったです〜!たくさん読み返して頂けて幸せです!! (2019年1月22日 20時) (レス) id: 9f30b37ea7 (このIDを非表示/違反報告)
うすしおタルト(プロフ) - 麗華さん» ありがとうございます!!想像の斜め上行けましたかっ!?楽しんで頂けたのなら幸いです!! (2019年1月22日 20時) (レス) id: 9f30b37ea7 (このIDを非表示/違反報告)
うすしおタルト(プロフ) - 魔王さん» ありがとうございます!!素敵だなんてそんな…っ!たくさん読み返して頂けたら幸いです!! (2019年1月22日 20時) (レス) id: 9f30b37ea7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:うすしおタルト | 作成日時:2018年11月28日 19時