惨事。 ページ32
「ひッ、なに......」
浅めに差し込まれた手を反射的に掴んで強めに止めると、善逸は「もっとちゃんと抵抗しろよ」と低めに呟いて、私の頬にするりと指を下ろした。
なに、善逸、善逸じゃ、ない。いつもの騒がしくて、臆病で、悲観的なことばかり言って泣き喚く善逸じゃない。私の知ってる善逸じゃ、ない......
「や、善逸、ちょっと」
「ちょっと何?」
「これ以上は......駄目、じゃない?」
「うん。駄目だよ」
知ってる。
そう言って善逸の顔が降りてくる。静かに近付いてきた唇が、私の唇へと真っ直ぐに下りてきたその時_____
「っ駄目ーーっ!!」
「んぶぅえッッ!!!」
反射的に上げてしまった私の頭と善逸の顔面___恐らく鼻の下あたり___が思い切りぶつかり、善逸は奇声を上げて後ろへ転がった。あッと思った時には、善逸の両鼻からぼとぼとと鮮血が滴り落ち、痛みが強過ぎたのか善逸は声もしばらく上げられていなかった。
「ご、ごめ、善逸、だいじょうぶ?」
「大丈夫なわけ、あるかーっ!!血が出てんだぞお!?見える!?見えますかこの血!!なんっ、血、なんでこんなに出てんだよ、血!!止まんねえよ!!」
最早何にキレているのか分からなかったが、善逸がひとしきり叫び終わった頃に家主の人が来てくれて、数枚の布と氷を渡してくれたのでそれで血を止めつつ表面的に腫れてしまった鼻を冷やした。
善逸曰くそこまで大したことはないが思い切り中で粘膜が切れてしまっているらしく、暫く血が止まらなかった。畳も布団も少し汚れてしまったし、かなりの惨事になってしまった。本気で申し訳ないので汚れを落とすための代金は置いて帰ろうと思う。
「本当にごめんね、本当に......」
「......まぁ、俺がやり過ぎたのもあったから別にいいけどさ、これで男がどんな生き物かちょっとは分かっただろ」
「うん。頭突きすると簡単に鼻血が出る」
「それは男も女も関係ねえよ!!」
もう疲れたぁ、任務より疲れたぁ、と言って早々に善逸は布団に入ってしまったが、正直私は善逸に恐怖を抱いたままだった。
押し倒されて馬乗りになられた時、反射的に勝てないと思った。私はこれから食われるのだと思った。真剣な表情で私を見つめて、まるで艶事の前のような顔をしていた彼。
向けられてしまった背を、見る。もう何も感じない。いつもの善逸だ。やがて寝息が聞こえてきた。
(......炭治郎は、怖くなかった)
ような気が、する。
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さざんか(プロフ) - 外で思いだすだけでキュンキュンして泣きそうになります…素敵な作品をありがとうございます!新作アンケも失礼しました…! (2020年11月14日 0時) (レス) id: 20c7caba78 (このIDを非表示/違反報告)
碧 - 久しぶりに心から焦がれる素晴らしい作品に出会えて嬉しいです^ - ^本格的に冷え込む季節となりましたので、体調にはお気をつけてお過ごし下さいませ.更新を心待ちにしております (2020年11月13日 0時) (レス) id: e9e3f41ae9 (このIDを非表示/違反報告)
花帆 - 初めまして、めっちゃ面白いです!!すごくキュンとしますっ/// 炭治郎の態度の急変…切ないです(泣)続き気になりすぎます…!!続編も全集中で拝読したいです(*^▽^)/★*☆♪応援しております!! (2020年11月11日 2時) (レス) id: aa0adc990d (このIDを非表示/違反報告)
楓 - 更新大変だと思いますが、とても楽しみにしています。これからも応援していますね。新作アンケート…冨岡さん好きなので、お願いしたいです。 (2020年11月7日 6時) (レス) id: 91f917202d (このIDを非表示/違反報告)
しろ(プロフ) - 久々にドキドキする話でした、、続き楽しみです! (2020年11月6日 20時) (レス) id: f83c25335c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:子@さぶ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/8ef4f72c271/
作成日時:2020年10月24日 12時