契り【狗巻棘】

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｢おっそいわよ｣

待ちくたびれた。と、自身の声色と似た声質で文字を吐き捨てる姉の姿が視界いっぱいに広がる。
高校の授業が終わり帰宅すると家の前に数ヶ月ぶりに顔を合わせる姉が立っていた。


背中に担ぐように携える入れ物に呪具が入っているのだろうと脳が吐き捨てる。

家を単身で飛び出し京都の高専に通っているはずのその人物の黒色の髪の毛が大きく揺れ動く。

色素の薄いミルクティー色の瞳に自身の制服姿が映える。


姉が通っている高専の黒色の制服を身にまとっていることから仕事か何かの用事でこちらに来たのだろうかと思考する脳が答えを導き出す。

夏特有の暑い日差しに噎せ返るような熱を含んだ風が身長差のあまりない私達を包んだ。





｢で、あんた。狗巻と許嫁と解消したんだって？｣

｢…っ！！｣


遅いと文句を言われた直後、今1番触れてほしくない話題をいとも簡単に口にする姉に心臓が大きく飛び跳ねる。その問いかけに対して言葉にならない声が漏れる。


ドクドクと脈打つ心音。
体育の後だからなのか汗が背中をつうっと伝っていき気持ち悪さを覚える。

父親が姉にも報告をしていたのだろうか。
それでも、その報告を受けた姉がわざわざ確認にやってくる理由が思いつかなかった。


言葉の裏に隠された本心が読めない。
どう返事をしたら正解なのかわからないため真実のみを口に含むことを選んだ。



｢…うん｣

｢あんたは、それでいいの？｣


肯定という答えを口にした私に更に追い打ちをかけるように問いを吐き捨てる姉。地面に落ちていった問いかけをゆっくりと拾い上げながら咀嚼する。


狗巻棘と許嫁解消、それでいいのか？と、問われ脳が彼の姿を思い描く。
同時に結婚を強いられている男の写真も脳裏に浮かび上がる。


それでいいも、何も、



｢父親の決めた男と結婚をするのと、母親が決めた棘君と結婚をするのって同じじゃん…｣


別に問題は無いと、付け加えるように文字を並べる。

夕方にもかかわらずまだまだ空一面を埋め尽くす青色に見下ろされる。


蝉の煩い鳴き声と姉のあっそうという声が重なって消えていった。




｢…好きにすれば？｣


深い深い底へと突き落とすかのように低い声が自身の耳を突き刺す。
姉の吐き捨てた文字列を脳がゆっくりと飲み込み、読み取る。

段々と離れていくその後ろ姿を見送りながら胸の奥底がじくじくと痛みを訴える理由を探した。

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