契り【狗巻棘】

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｢狗巻棘との婚約は解消となる。そして来週、この男と見合いの席を設ける｣


そう父親でもある男に告げられてから数日が経った。
少し前に、16歳になったばかりの自身が通う女子校の制服に腕を通しながら身支度を行う。

父親譲りの薄いミルクティー色の髪の毛を櫛で溶かしながら壁に立て掛けられた鏡に映る己の姿形を確認する。


私は、呪術師を生業としている常峰家に産まれたにもかかわらず呪術師ではない。
呪力をもって呪いを祓う人間を呪術師と呼ぶなら私は呪術師ではないのだ。

呪力はある。
術式も使用できる。
呪具だって扱える。

だが、呪術師ではない。
これは先代である母が、姉を当主にすると決めた時に私を呪術師にさせないことを決定付けた。

理由なんて、簡単だ。
狗巻家と結んだ契約に担保として娘を差し出すような人間だ。少し頭を捻れば答えは直ぐに浮かび上がる。

次期当主になる予定の現在、京都府立呪術高等専門学校に通っている姉が早死にした場合の予備としたのだ。

娘が2人とも死んだらこの家が終わってしまう。
なら、片方を最前線に立たせて、片方を安全な所で力と技術だけ身につけさせるという魂胆だろう。スペアとして。

狗巻家との契約内容にも、“もし、姉が当主になる前、もしくわ当主としての地盤が固まる前に亡くなった場合は、婚約を破棄とする“としっかり決められている、と聞いた事を覚えている。

そう、夜な夜な父に啖呵を切るように言い放つ母の姿を幼い私は忘れることが出来なかった。



制服のリボンをキュッと効果音を立てながらきつく結びあげる。
外の景色を遮断しているカーテンの合間から漏れる朝日が視界の隅に映る。
布の擦れる音と時刻を告げる秒針の音が静寂の中、響き渡り交差をする。


父親に見せられた結婚相手とされる男の姿写真を思い出す度に心の底から震えるほどの拒絶反応を本能が叫ぶ。
反対に、理性がこの常峰家に産まれた時から定められたものなのだ。受け入れろと、冷静に呟く。


棘君の事は“嫌いだ“
でも、この男との結婚も“嫌“なんだ


そして、全てを受け入れないといけないのに心のどこかで抗いたいと願ってしまうおかしな自分が“イヤ“だった。







｢…行ってきます｣


静寂と寂しさと虚しさが溢れかえるただ広いだけの玄関を過ぎ去り扉を閉める。

夏特有の暑さと直射日光が私の肌をねっとりと舐め回す。

遠くで蝉の鳴き声が響き渡るのを聞きながら今日は体育があったな、なんて脳が吐き捨てた。

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