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遠くから近づいてくる人の声。
再び逃げ出そうとする男の子に、女性は優しく笑いかける。


「カール、この子を殺してはダメよ」


「それは、予言か」


「いいえ」


女性は、男の子の頭を優しく撫でてそっと抱きしめる。

男性は不思議そうに男の子と女性を眺めていたが、やがてため息を溢して目を伏せた。


「この子にも、幸せになる権利はあるわ。これは誰にも罪はないけれど・・・」


ポタポタと滴り落ちる滴に男の子は顔を上げる。
女性は静かに泣いていた。


「悲しいわね、貴方の生き様は」


近づいてくる声が大きくなる。
女性は男の子からそっと身を離し、名残惜しそうにそう言い残して、霧に溶け込むように姿を消した。


「行ってしまったか。さて、これで候補は・・・」


指折り数え思案顔の男性は、男の子に目をくれる事もなく背を向けて去っていく。


「キノ」


名前を呼ばれた時には、体にかかっていたはずのローブは姿を消し、その場には自分とグールの親子しかいなかった。

駆け寄ってきたグールの親子がその男の子の手を引き、うちへと連れ帰ろうとする中、男の子は墓跡のある森をずっと見つめていた。


その日以来、キノはあの森へ出かけてはあの女性を探した。

けれど、あれ以来姿はおろか、声すら聞こえない。

それでも、もう一度会いたかった。

自分の為に泣いてくれたその人に、もう一度会って話をしたかった。


自分を息子のように育ててくれた男は言った。

あの男は魔界を統べる王・カールハインツと言うのだと。

そして、自分はその王の息子だと。
言われて初めて、自分が“異端”なものではなく、“特別”な者であったと知り、自分の中にあった何かが崩れ落ちた。


それからキノはどんどん力をつけ、性格も変わっていった。


いつしかキノは傲慢になり、グールを力で従えていった。

それまでされてきた仕打ちを仕返すように、罵り、蔑んでは罵声を浴びせ、自分の意に従わない者は処分した。

もう、そこには罵詈雑言に耳を塞ぎ、あらゆる暴力に怯え震えていた姿は微塵もない。

けれど、キノはあの墓跡を訪れる事をやめなかった。

どれだけ力をつけても、どれだけグールを従えても、彼女は現れない。


「もっと、力をつければ姿を見せてくれるの?」


誰に問うわけでもなく呟いた言葉。
血濡れた手で不敵な笑みを浮かべ、キノは墓跡を眺める。


「僕が、“アダム”になれば」


きっと、姿を見せてくれるはずだ。
そう信じてキノは、計画を立てた。

五→←三



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作者名:朔夜 | 作成日時:2020年1月9日 10時

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