第壱百捌話 ページ8
月を背にそびえ立つ“ソレ”は文字通り、この世のものとは思えない存在だった。
天にも届くのではないかという巨躯。
何より形容し難い異様なその姿。
「おいおい……。こりゃ
理解の及ばぬものを神と呼ぶのならば、まさしくソレは神と云えよう。
異能ではない――その事実を皮肉にも今、疑いようもなく理解した。
誰へと向けたのかも判らぬ舌打ちをついて咄嗟に駆け出す。
向かうのはついさっきあの異形に弾き飛ばされた太宰の元。
圧し折れた樹の根元に蹲る彼の右腕は……肘の下から無くなっていた。
「太宰……腕が」
腐れ縁だからこそ、この男の悪運強さを中也は誰よりも知っていた。
川に飛び込んでもケロリとした顔で戻って来るし、頸を括っても数十分後には退屈そうに欠伸をしている。あまつさえ女に爆弾を寄越されても五体満足でピンピンしていた。
なのに、その男が今、目の前で息絶えそうな顔をして…………
「中也……。死ぬ前に……聞いて欲しい事が……」
「な……っ、何云ってやがる！ 手前がこんな処で……」
「ばぁ」
右腕を、生やした。
次の瞬間、嘗てない速さで中也が太宰の胸倉を掴み上げる。
やはりこの男、今此処で息の根を止めてやろう。
「怪我の身で戦場に出るなら、この程度の仕込みは当然だよ」
「手品してる暇があったら、あの悪夢をどうにかする作戦を考えろ！」
爪の先まで怒りを込められた中也の右手が背後の異形を指し示す。
物語の中によくありそうな禍々しい威圧感を放つソレは、実際に現実で目にするとただただ奇怪なだけだ。
「いやぁ、無理無理。諦めて死の、……！」
生きるか死ぬかの瀬戸際でありながらおちゃらける太宰が突然息を詰めた。
そして、それは中也も同じだった。
歌が、聞こえた。
透き通り、清み渡り、身震いする程に澄みきった歌が――――
天そのものが歌っているかのように大気が震え、白く光る風が二人を包み込む。
何が起こっているのかも判らず首を振った拍子に、見付けた。
金色に輝く瞳。
額に灯る紋様。
風の向こうの遥か先。
中也の知らない姿をしたAが、其処にいた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 57人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (
レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか？ (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：雪白 | 作成日時：2023年2月25日 9時
