第壱百伍話 ページ5
眠りについた彼女を太宰は中也からかっぱらった短刀で木の根から解放した。
力無く倒れる身体を中也はそっと抱き留める。
そして手袋が濡れるのも構わず、眦を伝う涙を拭った。
「A……」
腕にかかるそれは、重みと称すにはあまりに心許無い。消えてしまいそうな程に。
勝手に浮かび上がった思考を否定したくて、抱きしめる腕に力を込めた。
Aを抱きしめたまま黙りこくる中也を太宰は無言で見下ろしていたが、やがてQへと目を向けた。
細い子供の頸へ音も無く添えられたのは短刀の切っ先。
止めないのかと太宰は聞くが、Aを抱きかかえた中也が止めるよりも太宰がQの頸を掻き切る方が早い。
それに、この子供を見ていると詛いで死んだ部下達の死体袋が目の前をちらついた。
「やれよ」
太宰も中也も、その目は暗い昏い闇を映し出す。
「そうかい。……じゃ、遠慮なく」
お膳立てしてやれば大した逡巡も挟まず振りかぶられる短刀。
「ふん……甘え奴だ」
そんな事じゃないかと思っていた。それだけに気に食わない。
そう云う偽善臭え処も反吐が出る、と精々嫌味を込めて鼻を鳴らしてやる。
太宰はQを生かす事で安全装置としての自身の価値を取っただけの合理的判断だと宣うが、どうなのだか。
「それに、折角の綺麗な歌を葬送歌なんかにしたらAちゃんが可哀想だ。そんな事の為に身体を擦り減らしてまでQを治癒し続けた訳じゃないんだから」
「…………」
そんなの、云われるまでもない。なのに云い返す言葉が見つからなかった。
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雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時