第壱百弐拾肆話 ページ25
「……本当に、善かったんですか? お父さん」
室内を見渡す文机を前に、おずおずとAが問う。
彼女の見つめる先には父であり、社長である福沢が腕を組んでいる。
それからボリボリ、ムシャムシャ。
背後から聞こえてくるのは乱歩が菓子を食べている音だ。
「これがお前の探偵社員たる資質を損なわせる理由には成らない。そう断じたまでだ」
澱み無く云いきる福沢。
それでもAの逡巡は加速するばかりだ。
けれど、肝心の言葉は相変わらず見つからない。
「Aは気にしなくていーの! 社長もああ云ってるんだから!」
遂には乱歩に問答無用で断言されてしまえば、喉に引っかかっていた声も沈んでしまう。
福沢と乱歩がAに大層甘いように、彼女も父と兄には大概弱かった。
事の始まりと云えば探偵社でAを迎えたクラッカーの破裂音。
事務所に入って早々の洗礼。そして、同僚達の「おめでとう」の言葉。
何が何だか判らないまま社長室へと流され、今に至る。
正直未だ何が何だか判らないが、判った事が一つ。
大切な人と一緒にいたい。
その願いを皆は受け入れてくれた、という事だ。
「元よりマフィアとは当面衝突を避ける方針だった。停戦中の今、向こうも危害を加えてくる事は無いだろう」
それにしても、こうも胸の内が筒抜けというのはあまりに居た堪れない。
如何にか顔の熱を冷まそうとしていた時、扉の向こうから国木田の怒声が聞こえてきた。どうも太宰がまた消えたらしい。
「A。太宰を探しに行ってやれ。このままだと国木田が心労で倒れかねない」
「あ! あとお菓子も買ってきて!」
云い包められた気がしないでもないけど、国木田の胃は確かに心配だ。
ところで、だ。
「……なんだかお父さんもお兄ちゃんも、不機嫌そうな気が…………」
「気のせいだ」「気のせいだから」
……絶対気のせいじゃないと思う、とは云えなかった。
Aは知らない。
二人が不機嫌なのは、大事な娘や妹をどこぞの素敵帽子に取られたからだという事を。
首を傾げても不機嫌の理由は見つからず、そもそも当の本人達は認めない。
仕方ない、と踵を返そうとした時だ。
「A」
その声に呼ばれ振り向いた先で、福沢はふっと目を細める。
「幸せになれ。それが、私達の何よりの願いだ」
柔らかな光に照らされて、ぬくもりがまた静かに溶けていく。
そんな、穏やかな春の朝だった。
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雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時