第壱百弐拾壱話 ページ22
引き連れるのはどれだけ悲しい昨日だとしても。
優しい記憶を憶えているなら、きっと一人で歩いて行ける。
だから、もういいと、そう思っていたのに。
なのに、どうして。
――――私は、此処にいるんだろう。
満開に咲き零れた桜は切ないくらいに綺麗だった。
見届ける者が私一人になっても、それは変わらない。
「…………」
大丈夫なんて嘯いて。
でも、結局此処に来たという事はつまり、そう云う事なのだろう。
もう誰も来ないと、判りきっているのに。
焦がれるように空へと花開く真っ新な色にすら、胸が痛む。
「……！」
見上げる青に、ひらりと。
思わず伸ばした手の中に落ちたのは
――桜の花びらを掴んだ者は願いが叶う。
遠い昔に聞いたおまじない。
人は願う生き物だ。
願いが無ければ絶望だって無いのに、そうと知りながらなお願う。
誰しも。
そして、私も。
「……っ、」
何かが切れた音がした。
酷くあっけない音だったのに、零れた涙は酷く熱くて。
膨れ上がった感情が止めどなく頬を伝う。
胸が張り裂けそうで、息も出来なくて。
なのに、願いばかりが溢れて。
「……っお兄さん、」
強く握った両手に、縋るように額を擦りつける。
涙を淡く染める一欠けらの花びらに願わずにはいられなかった。
何も知らなかった頃には戻れない。
それでも、それでもどうか、もう一度。
「もう一度、会いたい……」
空を映した瞳が好きで。
くすぐったそうに笑う顔が好きで。
少しぶっきらぼうに優しさを隠した声が好きで。
貴方が、誰よりも好きで――――
「お兄さんと、ずっと、一緒にいたかった……っ」
「……あァ、俺もだ」
声が、聞こえた。
見開いた瞳から、また、涙が零れ落ちる。
それすらも、声は酷く優しく拭ってくれて。
黒を纏った腕に抱きしめられた。
背中から包み込まれる、血の通ったぬくもり。
固く握っていた両の手もその大きな片手は柔らかく覆ってしまう。
「A」
夢だと思った。だって、そうだ。
聞こえてくる声は、ぬくもりは、自分にだけ優しいものばかりで。
そんなの、許される筈が無いのに。
なのに、声は何処までも、幸せそうで。
「俺も、Aとずっと一緒にいたい」
貴方にもそう思っていてほしい。
きっと、本当は、ずっとそう願っていた。
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雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (
レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか？ (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：雪白 | 作成日時：2023年2月25日 9時
