第壱百拾捌話 ページ19
あの日も、空が眩しかった。
青霄に透ける光が差し込むこの場所で、中也はその血潮の凡てを捧げ、誓ったのだ。
「俺は貴方の奴 隷です。貴方が奴 隷となって支えるこの組織を守り、敵を砕き、そして圧し潰す。……ですが、俺は一つだけ、ずっと隠してきた事がありました」
森は何も云わない。
無言こそが話を続ける事への許しだ。
「昔、一人の餓鬼と出会ったんです。臆病で弱気で、馬鹿なくらいお人好しの、泣き虫なチビに」
心細そうに胸を押さえる小さな手。
ちょっと小突いただけで肩を跳ねさせて、泣きそうになって。
その癖、流される涙は何時だって誰かの為のものだった。
自分を他の何物でもなく、“中原中也”という存在にしてくれたのは、そんな子供だった。
「俺は、自分が何者なのか判りませんでした。人間にも、人間以外の何かにもなれなかった。……けれど、そのままでいいのだと、あいつは云ってくれた」
目を瞑らずとも思い出せる。
それでも瞼を閉じてしまうのは、刻まれた記憶があまりにも大切だからだ。
意識せずとも、己の凡てが其処へと向いてしまう。
「だから……手放せず、此処まで来てしまいました。ポートマフィアに降ってからも、あいつが――敵だったと知っても、ずっと」
あんな風に傷つけるくらいなら。泣かせるくらいなら。
出会うべきではなかったのかもしれない。
けれど、出会わなければよかったとは、如何したって思えなくて。
覚束なかった生に、魂に、確かな輪郭を与えてくれた。
泣きたくなる程に優しいあの声が、名前を呼んでくれたから。
だから、己という存在の証も。本当の意味での始まりも。
その在り処はたった一人の心と、とうの昔に定まっている。
それは、如何足掻いたって変えられなかった。
あの日雨降る桜の樹の下で、中也はAと出会ってしまったのだから。
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雪白(プロフ) - 雪さん» コメントくださりありがとうございます。そのように仰って頂けて大変嬉しいです。ただ、現時点ではあまり続編を書く予定はありませんね…。ご期待に沿えず申し訳ございません。拙い作品ですが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。 (7月5日 17時) (レス) id: a24e144b4a (このIDを非表示/違反報告)
雪 - とっても素敵な話をありがとございます🌸話の流れからしてこれで完結のようですが、死の家の鼠編やそれ以降の話はやったりしないのですか? (7月3日 14時) (レス) @page34 id: 685216d62e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪白 | 作成日時:2023年2月25日 9時