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◆ストーリー ページ9

初めまして、と、少女は笑って。
女の子は、狂気を孕んだ何かを見るような表情をしました。

*

それはつい先刻、夕日がまさに瓦礫の向こうに沈まんとする、そんな時間でした。
『樹』の闊歩する、という表現が正確なのかは分かりませんが、とにかくそんな恐ろしいこの世界でも、夕焼け空とは美しいものです。
地平線をなぞるように広がる薄紅と、頭上の紺碧を眺めながら、少女は薄く微笑みました。

薄紅が夜の帳の中に消え去ってしばらく後、少女は目を空から落とし、心の中で『もう帰ろう』と唱えました。あまり遅くまで外にいるのは危険ですから。もっとも、今は昼夜問わず外は決して安全ではありませんけれど。

「……え」

そう、彼女は、もうすっかり帰るつもりだったのです。それを目にしてしまうまでは。
夕日の代わりに瓦礫の向こうに陣取っているそれが『樹』であると認識した瞬間に、彼女の足はがたがたと震えだしました。
大丈夫。大丈夫。まだ気付かれていない。帰ろう。落ち着いて、息を吸って、大丈夫、大丈夫大丈夫、帰ろう、早く、帰ろう。
自分を必死になだめて、震える足を叱咤して、彼女はゆっくり後ずさり、それから、瓦礫の向こうにある小さな何かに気がつきました。

「……女の、子?」

その通りでした。間違いなく、疑いなく、それは幼い女の子でした。
少女は唾を飲み下しました。それは確かに唾であったのですが、彼女はもっと大きくて冷たくて、ごつごつしたものを飲んだような気がしました。あるいは、それは世間一般に絶望と呼ばれる類のものであったのかもしれません。

「……」

吸った息を思い切り吐き出して、もう一度吸って。少女は、樹の方に走り出しました。
何を馬鹿なことをしているんだろうと、彼女の中の誰かが言いました。
だって、小さい子は守ってあげなくちゃと、もう1人の誰かが言いました。
2人の声を聞きながら、少女は女の子を抱え上げて、『樹』のいるのと逆の方向へ、彼女の出来る限りの速さで走り出しました。
自分でも自分が何をしているのか分からなくて、全部がぐちゃぐちゃで、そんなぐちゃぐちゃのいろいろが、涙になって流れました。

*

いつの間にか、あの恐ろしいものはいなくなっていました。
それからやっと、少女は女の子の顔を見ました。
初めまして、と、少女は笑って。
女の子は、狂気を孕んだ何かを見るような表情をしました。

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作者名:ずんだもち | 作成日時:2018年10月10日 18時

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