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side.k
高「出発、するから…さ、もうちょっとしっかり捕まってもらってもいい?」
「え!?もっと?」
高「そう。…うん、そんな感じ」
ぎゅっと捕まったのを確認してから走り出す。こっちから誘ったけど、やっぱり緊張はするもんで。でも、走って風を感じているうちにその緊張は少しずつ落ち着いていく。
「優吾くんさー」
高「ん−?」
「タバコのにおいする」
高「俺吸ってないよ?」
「知ってる。居酒屋でのバイトって意外と匂い移るのね」
高「そうかなー…。え、臭い?大丈夫?」
「だいじょーぶ」
急に匂いの話しなんてされたからびっくりした。大丈夫なら安心だけど…匂い感じるくらいまで近いということを実感してまた変に緊張してくる。
「優吾くん」
高「なに?やっぱくさい?」
赤信号で止まってたバイクをまた走らせる。その途端に聞こえるAの声に大きな声で返す。「ちがーう」という声にまた少し安心。それと同時に次はどうしたんだろう、と思う。
「私ね、歌えなくなるんだってー」
低いバイクの音と風を切る音の間に入ってきた言葉に思わず振り向きそうになるのを堪える。運転中だ。
背中にぴったりとくっついていたような感触がより力強くなる。腕にも力がこもってるように感じる。
高「…それが原因で、大我ともめてんの?」
きわめて冷静に。聞いてみたつもりだった。俺の背中に押し付けられているであろう頭が横に揺れた…ような気がした。これは、否定、か?
「それをまだ言ってないからもめてんの。…少しでも喉に負担かけないようにってかばった歌い方とかしてるうちになんか、すれ違っちゃって」
「言わなきゃなって、思うんだけど…なんか、タイミング逃しちゃって。そしたら言えなくてさー」
走っているバイクの上で、ちゃんと聞こえるように大きな声で話してくれる。ただその分、その声が少し震えてるのも分かってしまう。バイクに乗ってるからの震えとはまた違う、喉が詰まってるような震え。
高「…そ、っか」
「ならこれからどうするの?」とか「なんで?」とか「言った方がいいとか」そんなことは言えなくて。絞り出た言葉は何でもない普通の言葉だった。
「なんで、とか聞かないの?」
高「…聞いてほしいの?」
「気になるんじゃないかなって。…まぁ、言った方が私がちょっと楽になるかもってのも、ある」
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作者名:天羽 | 作成日時:2022年11月30日 3時