検索窓
今日:6 hit、昨日:2 hit、合計:35,399 hit

背景でしかない ページ6

そうして暫くの間はお互いに無言のまま、海を眺めていた。波の音が辺りに響き、鼓膜を揺らす。何度も何度も繰り返し聞こえてくるその音はすべて等しく同じなように思えていたけれど、こうして意識をそれにだけに向けて聞いていると、少しずつ波の音にも違いがあるのだということに気付いた。音が高めだったり、低めだったり、時折ちゃぷん、という音が混ざっていたり。その時その時で音は変わっていくのだと俺は知った。だからこの音はどれだけ聞いていても飽きることなく聞いていられるのかもしれない。海の水面が揺れて形を一瞬一瞬で変えていくのを見ているのが飽きないのと同じように。単調ではないものは、見ていて退屈しない。

時間が過ぎていくごとに、夕日が西の空に沈んでいく。その度に水面に映るその光の色が濃くなっていって、海が燃えているようにも見えた。静かに穏やかに、燃えているようだった。


「銀さん」


と、Aが俺の名前をそっと口にした。波音だけが支配していたこの場の沈黙を破ることにほんの少しだけ躊躇って、けれどそれを振り払って声を押し出したかのように。俺は「ん?」と聞き返した。


「今日は本当に、ありがとうございました」

「礼には及ばねェよ。俺がしたくてしてるだけなんだからよ」

「それでも私は、すごく楽しかったです。とても幸せな時間を過ごさせて貰いました。だから、このお礼も私が言いたくて言ってるんです」


少し湿った、潮風がAの長い髪をなびかせ、彼女は流れた髪を耳にかけながら、こちらを向いた。彼女の頬の輪郭が茜色に染められていて、まるで絵画から飛び出してきたかのようだった。病室では見られなかった、彼女の姿だった。

彼女が淡く、けれど確かに微笑み、その表情や色彩に俺は見とれてしまう。さっきまで海ばかりを見ていたのに、今ではもう彼女のことしか見えなくなっている。波の音も遠ざかり、夕日や海や砂浜はもう彼女の背景でしかない。そのすべてが。この世界に存在するあらゆるものが、彼女のためにあるのではないかと、俺は不意に思った。


「この世界のことについて、私はきっと、何も知らなかったんです。いえ、知っているわけがありませんでした。テレビや本とかで知っている気になっていただけで、私は狭い箱の外のことを、何も知らなかった。でも」


今日やっと、知ることが出来たような気がします、と。Aは語る。その声は透き通っていて、主張的ではなくて、それなのに波の音には掻き消されない強さを持っていた。

答え→←この世界に生きるもの



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (39 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
197人がお気に入り
設定タグ:銀魂 , 坂田銀時
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

ピピコ(プロフ) - 獅子の子さん» しーちゃん!いつもありがとうぅぅぅ忙しい中来てくれてありがとうねぇぇえ返事遅くてごめんんん!!シリアスシーンは私もHPをすり減らしながら書いてるからね(笑)ちょっと更新お休みするけど戻ってきたらまた頑張るので、よろしくお願いします!!! (2019年8月6日 23時) (レス) id: f6c7f9fb7e (このIDを非表示/違反報告)
獅子の子(プロフ) - ピー姉さん!続編おめでとうございます!リアルが忙しくてなかなかこっちに顔を出せなかったんだけど、久しぶりに来てみたら続編まで出てて...!嬉しいの極みです(≧∀≦) ピー姉が書くシリアスシーンの緊迫感が好きだぁ...無理せずに更新ファイトじゃ! (2019年7月14日 10時) (レス) id: af0bbdf801 (このIDを非表示/違反報告)
ピピコ(プロフ) - 桜さん» 追いつめられたときのキャラを書くときは自分でもダメージを負います(笑)二人の物語が今後どの方向に向かっていくのか、見守っていてくださると嬉しいですれ応援ありがとうございます!(*^^*) (2019年7月8日 0時) (レス) id: f6c7f9fb7e (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - わわわっ……。もうー、これからどうなっていくのかドキドキですっ! 銀さんあんまり自分を責めないでっ。これからの展開がものすごく楽しみですっ! 応援してます! (2019年7月4日 18時) (レス) id: f38863f7c8 (このIDを非表示/違反報告)
ピピコ(プロフ) - 桜さん» 桜さん!ありがとうございます!!ですね!銀さんと言えば銀色です!夢主ちゃんは何色がいいかな…。私も優しい銀さんがめっちゃ好きですし繊細な夢主ちゃんと不器用ながらも接してくれるのがすごくツボです(笑)そう言って頂けるとやる気が出てきます!頑張ります! (2019年6月5日 0時) (レス) id: f6c7f9fb7e (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:ピピコ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/pipiko1030/  
作成日時:2019年6月1日 22時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。