ダンサーの夢 ページ28
ピコン、という機械音がしてメッセージが受信した。Aは待ち受け画面に表示された名前を見て、スマホを手に取った。
「なになに、彼氏さん？」
「いやいや、違いますよ。仕事仲間の崎山つばささんです」
両手を全力で振って否定する。彼のことは好きだが、それはファンとしての想いなのだ。
悠花の隣で風呂上がりの一はしきりに頷いている。
「Aにも綾乃にも彼氏はまだ早い」
「いつまでも結婚できないじゃん。私はともかく、お姉ちゃんは許してあげて」
とりあえずつばさのメッセージを開いて、返信を打ち込む。
綾乃は今、幸せでそれを壊してほしくはない。
「綾乃ちゃんに彼氏いるの⁉」
食い気味でそう聞いてくる悠花の隣で一は渋面をつくっている。
「綾乃、彼氏いるって報告はしてきたけど、紹介しろって言っても紹介してこないんだよ」
「それは嫌よね〜」
「ねー」
悠花と顔を見合わせて笑った。
「お姉ちゃんの彼氏さん、めっちゃいい人だから心配しないで」
「Aは会ったことあるのか」
「うん。たまたまだけど」
兄のシスコンは健在なよう。6歳も離れている兄がずっと心配してくれているのはわかっているつもりなのだ。ただ、綾乃もAもその絡み方がたまにうざいと感じてしまうだけで。
「そんなことより、お兄。話があるの」
パソコンを端に置き、向かい合う。悠花が持ってきてくれたお茶と、一が自分で持ってきたお茶がそれぞれの目の前に置いてある。
「お兄の夢はダンサーだったでしょ？本当は父さんの跡なんて継ぎたくないんじゃないの？」
問いかけると一は驚いたように目を見開いて、穏やかに微笑んだ。首を緩く2、3回振ってその問いを否定した。
「確かに、兄ちゃん踊るの大好きだけど、ダンサーになるほどの才能はなかったよ」
Aは兄の瞳をまっすぐ見つめた。時折暗い顔をしていたのを、知っている。
「20代の頃は何度かダンサーになりたくてオーディション受けたけど、全落ちしたよ。でも、だからって喫茶・時雨を継ぎたくないわけではないんだよ」
兄の優しい声。悠花の夫として、お腹の子どもの父親として立派であろうとするその努力はきっと今のAにはできない。
一なりに家族を愛してのことだろうが、やはりAにはそうまでして誰かと共に在りたいという感情が理解できない。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2020年6月14日 15時
