薬指にはまった指輪。 ページ10
お互いに気まずかったのは最初だけで、いつの間にかあのときに戻っていた。
でも俺の視界の隅に見えたのは、
左手の薬指にはめられたシンプルなシルバーリング。
もう29だもんな、結婚してて当たり前か。
崖から突き落とされるような感覚に眉を寄せてから、本当になんでもないように。
「A、結婚したんだ？」
「結婚？」
「うん。…それ、」
テーブルの上で手を組んでいたAの左手を指差す。
平常心、ここは平常心だ。
グラグラと揺れそうになる視界に何度か瞬きをして、Aからの返事を待つ。
でも、聞こえてきたのはAの明るい笑い声だった。
「あはは、これか！これは違うよ。」
「……へ？」
「これは広報スタッフの娘さんがくれたの。さっき貰ったからはめてたらそのままにしてた。」
「…え？どういうこと、？」
Aは薬指から指輪を外すと、俺の目の前に置いた。
僅かに震える手でそれを持つ。
「………アルミ？」
「そう。まだ4歳だったかな。気に入られちゃっててさ。プロポーズされちゃったよ。」
「なんだよ……。」
話を聞けば、同僚の娘さんがAを気に入って、「彼と結婚するの！」とお手製の指輪を持参してきたらしい。
アルミのわりによくできていたので、Aがはめてみると結構それらしく見えたんだとか。
張りつめていた糸が切れるように、俺は上体をテーブルに倒して突っ伏した。
そんな俺の様子を見て、Aはさらに大きく笑う。
「なんだよ、俺が結婚したと思ってショック受けてたの？」
ここはもう隠せないと、素直に頷く。
Aは手を伸ばして俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら言った。
「俺の予想が外れてお前はエンゼルスに行ったからさ。でもいつか来てくれるだろうと思って、ずっと待ってたんだよ。」
……え？
突っ伏していた顔を上げると、テーブルに頬杖をついたAが、あのときのように柔らかく微笑んでいた。
一浪して東京の大学で英語を勉強したんだよ。
近い将来、翔平はアメリカに行くと思ったからさ。
俺はもう野球はできないけど、どうしても近くで翔平の野球する姿が見たくて。
俺が死に物狂いでドジャースに就職したとき、お前はメジャー挑戦を表明したけど、行先はエンゼルス。
同じロサンゼルスなのに違うじゃんって、あのときは笑ったよ。
…頬に集まる熱を隠す術もなく、ただAの話を聞いていた。
Aは、俺の近くに居たくて…？
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作者名：咲笑 | 作成日時：2024年2月26日 16時
